『光あるうち光の中を歩め』


光あるうち光の中を歩め
トルストイ (著) 原久一郎 (訳)

 
商品説明

欲望や野心、功名心などの渦巻く俗世間にどっぷりつかっている豪商ユリウスと、古代キリスト教の世界に生きるパンフィリウス。ユリウスは何度かキリスト教の世界に走ろうと志しながらも、そのたびに俗世間に舞いもどるが、しかし、長い魂の彷徨の末についに神の道に入る。──福音書に伝えられているキリストの教えに従って生きよと説いた晩年のトルストイの思想を端的に示す。
 
 
著者について

Tolstoj-Lev-N.
(1828-1910)19世紀ロシア文学を代表する巨匠。ヤースナヤ・ポリャーナに地主貴族の四男として育つ。ルソーを耽読し大学を中退後、暫く放蕩するが、従軍を機に処女作『幼年時代』等を発表、賞賛を受ける。帰還後、領地の農民の教育事業に情熱を注ぎ、1862年の幸福な結婚を機に『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』を次々に完成。後、転機を迎え、「神と人類に奉仕する」求道者を標榜し、私有財産を否定、夫人との不和に陥る。1899年『復活』を完成。1910年、家出の10日後、鉄道の駅長官舎で波瀾の生涯を閉じた。
 
 
amazonレビューより

トルストイのユートピアSF小説

後の解説によればトルストイが中断されていたこの作品の「執筆に立ちもどったのは1887年のはじめ」のことで「一週間たらずで原稿を書きあげてしまった」とある。

この時期のトルストイは彼の人生において最も過激であったといってよく、政府当局による「懺悔」の発禁、「私の信仰」発禁、ヘンリ・ジョージの「土地国有論」の影響により私有財産を否定して妻と衝突し(妻は彼が良識的な作家として留まることを望んでいた)、「人生論」発禁、「飲酒反対同盟」の立ち上げ等、危険人物として睨まれていた。これらのことを踏まえると1901年に彼がギリシャ正教会から破門されるのも時間の問題であっただろう。(思えば著作権を放棄したはずの彼がやむをえず「復活」を出版したのも兵役拒否を唱え政府に抵抗したドゥホボール教徒をカナダに脱出させる費用を得るためであった)このように政府と正教会とは違った考えを持つトルストイが思い描いた理想のコミュニティ(というかコミュニズムというべきか)の一端がうかがえるのが本書である。

本人はこの作品の出来栄えに不満であったらしいが、彼は権力による統治を嫌い、というより「統治」というありかたそのものを疑問視して(孔子ではなく)老子の翻訳と出版に没頭したり、その「無支配」の思想に示唆されて「無為」という論文を発表する。又先にあげたものがガンジーに影響を与えた。彼らの往復書簡が残されているのは比較的よく知られていることだろう(日本では良くも悪くもトルストイの小説家としての側面ばかりが紹介され、政治的な、実践的な論文が簡単には読めない)。「ハジ・ムラート」というイスラム教徒を主人公にし肯定的に描いた作品もある。だから厳密にいえばトルストイ作品を簡単にキリスト教文学と呼ぶのは正確でない。その意味でこの作品は未完成にもかかわらず一読に値すると思う。

「人々は、あまりにも力の助けを借りて秩序を維持するのになれているので、圧制のない社会組織を考えることができない」-トルストイ
 
 

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