『漢 書』 倭 人

巻二十八下 地理志
撰:班固 (後漢)
 
 
玄菟 楽浪条

玄菟、樂浪,武帝時置,皆朝鮮、濊貉、句驪蠻夷。
玄菟・楽浪は、武帝の時代に置く、朝鮮・濊貉・句麗は皆蛮夷。

道衰,箕子去之朝鮮,教其民以禮義,田蠶織作。
殷の政道が衰え、箕子は朝鮮に去り、其の民に礼儀を以って接し、耕田・養蚕・紡織を教えた。

樂浪朝鮮民犯禁八條
楽浪の朝鮮民の犯禁八条とは:

相殺以當時償殺;
相手を殺したら自分の命で償い;

相傷以穀償;
相手を負傷させたら穀で償い;

相盜者男沒入為其家奴,女子為婢,欲自贖者,人五十萬。
相手から盗んだ者が男なら其の家の奴隷とされ、女子なら奴婢とされ、自ら欲して贖う者、五十万人。

雖免為民,俗猶羞之,嫁取無所讎,是以其民終不相盜,無門戸之閉,婦人貞信不淫辟。
(犯禁を)免れた民といえど、俗人なおもこれを恥じ、嫁取り際の報酬を無くし、以って其の民は終に盗みを止め、門戸を閉めることなく、婦人は貞信で淫辟ではなくなる。

其田民飲食以籩豆,都邑頗放效吏及内郡賈人,往往以杯器食。
其の農民は竹製の道具で飲食し、都や近郊では官吏および内郡の商人を同じ様に手本にして、杯や器で食事することがよくある。

初取吏於遼東,吏見民無閉臧,及賈人往者,夜則為盜,俗稍益薄。
(楽浪)郡の初期に遼東の官吏から聞き取るに、官吏が見るところ民は蔵を閉めず、往来した者の商人におよんでは、夜になると盗みを働くので、俗人の益は次第に薄くなった。

今於犯禁浸多,至六十餘條
今の犯禁は浸多となり、六十余条に至る。

可貴哉,仁賢之化也!
貴きは、仁賢の教化なり!

東夷天性柔順,異於三方之外,故孔子悼道不行,設浮於海,欲居九夷,有以也夫!
東夷の天性は柔順に然りて、三方の外夷とは異なる、故に孔子は政道の不行き届きを悼み、海に船を出し、九夷と同居するのは、それ有意義なりと欲す!

樂浪海中有倭人,分為百餘國,以歳時來獻見云。
楽浪海の中に倭人あり、百余国を分れて為し、歳時を以って献見に来たと云う。

危四度斗六度,謂之析木之次之分也。
「危」の四度から「斗」の六度に至り、これは「析木」と謂う燕の分野の次なり。
 


「二十八宿」と地理分野

 

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