そして、裁判長は飛ばされた

そして、裁判長は飛ばされた 高浜原発再稼働「差し止め仮処分はけしからん」 最高裁・高裁のお偉方は原発が大好き
週刊現代 2015年04月28日(火)
 
 再稼働寸前の原発を差し止める決定が下った。しかし、歴史的な決断をした裁判官は、その席を追われることに。法の番人として愚直に公正中立を貫く。その理想は現在の司法では通用しないのか。
 
 
■ 「歴史に残る」決断だった

「日本の原発再稼働の流れを食い止める画期的な決定です。大飯と今回の高浜。歴史的な判決、決定を出してくれ、僕らは大変感謝しています」

 こう語るのは、原告側弁護団長を務めた河合弘之弁護士だ。

 4月14日、福井地裁は、関西電力高浜原発3、4号機の再稼働差し止めを認める仮処分を決定した。今後、関電側の不服申し立てが認められるまで、2基の再稼働はできない。

 今回、裁判長を務めたのは福井地裁の樋口英明氏(62歳)。大飯原発3、4号機の運転差し止め訴訟も担当し、昨年5月には、福島第一原発事故後初めて、原発の運転を認めない判決を下し、注目を浴びた。その際、

〈人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの問題を並べて論じるべきではない〉

〈豊かな国土とそこに国民が生活していることが国富であり、これを取り戻せなくなることが国富の喪失だ〉

と、人格権を尊重し、住民の思いに寄り添った判決文を読み上げた。その判決から1年経たずして、再び画期的な判断が下されたのだ。

 元裁判官で明治大学法科大学院教授の瀬木比呂志氏が語る。

「今回の決定は非常に踏み込んだものだと思います。『新規制基準は緩やかにすぎて合理性を欠く』と、新規制基準に適合していても危険な場合があると認定しました。原子力規制委員会がゴーサインを出した原発の再稼働についても厳密に審査するという考え方をはっきりと打ち出し、地震国日本の原発の危険性に警鐘を鳴らしているといえます」

 これまでの原発行政の常識を打ち破り、「歴史に残る」決定を下したと言っていい樋口裁判官。だが、本来であれば、樋口氏は今回の仮処分を決定することはできなかった。なぜなら4月1日付けで、同氏は福井地裁から名古屋家裁に異動。「左遷」されていたのだ。

 一体何が起きていたのか。実は今回の裁判を巡っては、さまざまな紆余曲折があった。3月11日に行われた第2回審尋で、関電側は学者や専門機関による意見書の提出を要求したが、樋口氏は「結審します」として認めなかった。すると、関電側がその場で裁判官の交代を求める「忌避」を申し立てた

 そのため、名古屋高裁でそれが棄却されるまで、一時的に裁判は中断、そうこうしている間に4月を迎え、樋口氏は「定期異動」という名目で、名古屋家裁に異動となっていたのだ。
 
 
■ 最後の意地を見せた

 だが、裁判所法28条には「裁判官の職務の代行」というものが存在する。前出の瀬木氏が解説する。

「職務代行とは『裁判事務の取扱上さし迫つた必要があるとき』に、ほかの裁判所の裁判官が代理で裁判官の職務を行うことができるというものです。

 このケースだと、樋口さんが『これは自分でやるから職務代行にしてくれ』と強く主張されたのでしょう。これまでも彼が審理してきたわけですから、強く希望したのであれば、裁判所としても代行を拒否するわけにはいかないはずです」

 つまり、関電サイドの「忌避」申請などが時間稼ぎになり、樋口氏は異動、本来は今回の決定を下す役目を担うのは、別の裁判官になる予定だった。これに対し、飛ばされたはずの樋口氏が「職務代行」を使うことで、最後にして最大の抵抗を行い、意地を示したのだ。

 樋口裁判官とは、一体どんな人物なのだろうか。

 同氏は京都大学法学部を卒業後、’83年に福岡地裁の判事補に任官し、裁判官としてのキャリアをスタートさせる。樋口氏と同期で、同じ弁護士事務所で研修をしていた弁護士が語る。

「司法修習生時代から、裁判官になりたいという気持ちが強い人でした。何事にも真剣で、研究熱心。裁判官になってもそれは変わらないようで、両方の意見をよく聞き、常に原理原則に従い、平等に徹しているようです。少し偏屈に見られることはありますが、それも彼の持ち味なんですよ」

 また、樋口氏の素顔を知る福井の別の弁護士によれば、会ってみると非常に社交的な人物だったという。

「小さな事件ではありますが、何度か担当判事として法廷でお会いしたことがあります。今年の3月のことですが、まもなく異動されると聞いたので、福井地裁で偶然出会ったとき挨拶をさせていただいたんです。樋口さんは『福井はいいところでした。皆さんにお世話になりました』と言い、にっこり笑っていました。法廷に臨んだ弁護士からすれば厳しい裁判官に見えていましたが、私にとっては優しい紳士的な方という印象です」

 これまでに、静岡、宮崎、大阪など各地の地裁を経て、’12年に福井地裁判事に任官した樋口氏。実は原発訴訟以外にもいくつか社会の注目を浴びる判決を下している。

 ’14年、福井県内の会社に勤務していた男性(当時19歳)が自殺した原因が上司のパワハラにあるかどうかが争われた裁判を担当し、遺族である原告側の訴えを認めた。未成年者へのパワハラと自殺の因果関係を認めた判決は、全国で初のことだったという。

「樋口さんがこの事件で証拠として採用したのが、男性の遺したメモです。そこに書かれていたのは、上司から男性へ向けた『死んでしまえばいい』『うそを平気でつく』といった辛辣な言葉でした。

 樋口さんはこの言葉がパワハラにあたると認定したんです。それまではどういった行為や言葉がパワハラに当たるのか、基準が定かではなかった。この裁判は、今後その一つの指標になると法曹界で言われています」(前出・福井の弁護士)

 一方で、同氏は政治家や行政サイドに対しては、原理原則に基づいた厳格な判断を貫く裁判官としても知られている。

「県議会議員の海外視察が年度末に集中していることを受け、市民オンブズマンが政務調査費の返還を求めた訴訟でのことです。樋口裁判長は、視察そのものの意義を認めつつも、ホテルの食事代は視察目的には認めないとし、返還を言い渡しました。関係者からは『視察すれば食事くらいするだろうに』と言われていましたが、堅実で誠実な判決をする裁判官という印象がより強まりましたね」(福井在住のジャーナリスト)
 
 
■ 「原発に触れるな」という空気

 仕事に熱心で、裁判官としての誇りを持った樋口氏。法の番人として、厳格かつ公正な判断を下すことを第一とし、前例や組織の思惑には縛られることはなかった。

 だが、そのような振る舞いはときに反感を買うこともある。組織に属しながらも、組織の意にそぐわない行動をする異端者への風当たりは強い。それがたとえ公正中立を謳う司法の世界だとしても同じことなのだ。

 今回の樋口氏の人事異動に「違和感」を持つ司法関係者は多い。

 ’06年、志賀原発の運転を差し止める判決を下した、元裁判官の井戸謙一弁護士が語る。

「樋口氏は福井地裁に来て既に3年経っていますから、異動自体は通常の定期人事でしょう。ただ、彼は裁判官歴32年の大ベテラン。キャリアからいえば、次は名古屋高裁の右陪席というポジションが一番可能性が高かった。それが家裁に異動ということですから、疑問は残ります。裁判所の上層部としては、高裁に行かせたくない訳があるのかもしれません」

 懐疑的な見方が広がるなか、ある司法関係者が話す。

「これは左遷以外の何ものでもありませんよ。定年まで3年の裁判官を家裁に送るなんて、誰が見ても窓際人事。定期異動にかこつけて、厄介払いしたということでしょう。最高裁を頂点とする裁判所全体は、基本的に政府の歩調に合わせ、原発再稼働を是とする立場を取っている。その方針に反した樋口氏は、報復人事を食らったんですよ」

 そもそも裁判官の人事とはどのようにして決まるのか。明治大学政治経済学部教授の西川伸一氏が解説する。

「下級裁判所の裁判官の人事は基本的には管轄している各高裁の事務局が立案し、最高裁の事務総局と意見を交わして、決めることが多い。しかも、今回は注目を浴びている樋口さんの異動です。最高裁が何も口を出していないとは考えにくい。樋口さんの場合、福井地・家裁部総括判事から名古屋家裁部総括判事に異動になっています。高裁所在地の名古屋に戻るということは一見栄転のように思えますが、地裁から家裁への異動ですので、降格人事と見るのが普通でしょう。このあたりは巧妙にごまかしましたよね」

 これまで最高裁、高裁が原発訴訟で行政側に有利な判決をし続けてきたのは周知の通り。例えば、’90年の仙台高裁では、福島第二原発の原子炉設置許可処分取り消しを求めた訴訟でこんな判決文が出ている。

〈我が国は原子爆弾を落とされた唯一の国であるから、我が国民が、原子力と聞けば、猛烈な拒否反応を起こすのはもっともである。しかし、反対ばかりしていない で落ちついて考える必要がある(中略)結局のところ、原発をやめるわけにはいかないであろうから、研究を重ねて安全性を高めて原発を推進するほかないであろう〉

 また、前出の井戸氏が差し止め判決を下した志賀原発の訴訟も、名古屋高裁で住民側が逆転敗訴、最高裁は上告を棄却している。

「以前から、裁判所内部では原発について踏み込んだ判決はしないという雰囲気がありました。何かを言われるわけではないのですが、過去の判例による流れは決 まっていたので、そこにあえて逆らうようなことはできないという感覚があったんです。実際、私も差し止めの判決を出した時、迷いはなかったですが、精神的な重圧というものは非常に感じました」(井戸氏)

 いかに裁判官とはいえ、異分子として目を付けられれば自分の出世に関わってくる。規制委員会がOKを出したものに関して、特に問題はないというのが裁判所全体のスタンスである以上、原発の再稼働を止めるような判断を下せば、「レッドカード」が出されるということだ。

「地裁で下した判決が、高裁で覆されることが多い裁判官や、有罪の多い日本の刑事裁判で当局に逆らって無罪判決を頻繁に下す裁判官は異端視され、出世の目はほ とんどない。これは裁判所のなかでは暗黙の掟です。自分の良心と法律に従ってやろうと思ったら出世は諦めるしかない。一般の裁判官は、残念ながら高裁や最高裁の顔色ばかりを見て、国民のほうを見ていないのです」(前出・西川氏)
 
 
■ 「どうせ高裁で覆るから」

 憲法によれば、「裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」とある。樋口氏は自分の良心と信念に従って、裁判官として当たり前のことをしたまでだ。だが、その当たり前の行動をした樋口氏は原発論争の最前線から退去させられ、おそらく、二度とそこに戻ることはないのである。

「彼の存在が唯一ではなく、原発再稼働を差し止めてくれる、信念があり正義感にあふれた裁判官はまだいると思っています。裁判官を侮ってはいけません。みんな が権力にひれ伏しているわけではないし、みんなが出世したくて最高裁の顔色ばかり窺っているわけじゃない」(前出・河合氏)

 樋口氏の判断は「再稼働やむなし」という司法に一石を投じるものだった。しかし、その決断も、簡単に覆されてしまう可能性が高い。

「正直、最高裁や高裁としては、地裁レベルならどんな判断を下されても構わないと思ったのでしょう。どうせ次で覆せますからね。今回の高浜原発の裁判だって、 高裁や最高裁まで行けば、規制委員会の追認をして、原発再稼働を是認する可能性が高い。だから、せめて職務代行くらい認めてやろうということになったのかもしれない」(前出のジャーナリスト)

 福井地裁の結果を受け、菅義偉官房長官は「粛々と再稼働を進めていく方針に変わりはない」と、まるで今回の決定を無視するかのように述べた。

 今も国や電力会社は、全国の原発を再稼働させようとしており、各地の住民たちがそれに反対している。4月22日には、鹿児島地裁で九州電力川内原発1、2号機の再稼働差し止め仮処分の申請に対し判断が下される。樋口氏の決断は今後の原発訴訟にどのような影響を及ぼすのか。

その身を賭した一人の裁判官の決断を、我々は忘れるべきではない。
 
 

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