グリフィス

『明治日本体験記』
グリフィス(山下英一訳) 『明治日本体験記』
東洋文庫430, 平凡社, 1984

ウィリアム・グリフィス (William Elliot Griffis, 1843~1928)は米国の牧師・東洋学者で、1870~74(明治3~7)年に日本に滞在し、福井と東京で西洋式教育制度の導入に尽力した。

帰国後の1876年に出版した『皇国 (The Mikado’s Empire)』がベストセラーになり、東洋学者としての名声を確立した。東洋文庫の『明治日本体験記』は、その第二部である。

グリフィスはラトガース大学古典学部で牧師になる勉強をしたが、そこで数人の日本人留学生と交流し、日本への関心を抱くようになった。

福井の明新館が米国人の理化学教師を求めていたところ、オランダ改革派教会外国伝導局の名誉主事フェリス(John H. Ferris)の推薦を受けたグリフィスが就任することになった。
 
グリフィスは1870(明治3)年12月29日に横浜に上陸し、翌年2月16日まで東京にとどまり、大坂経由で3月4日に福井に到着した。福井での待遇はよく、グリフィスは順調に親日感情を育てて行った。

7月18日に廃藩置県の決定が伝えられ、10月1日越前藩主松平重昭が正式に退位した。

1972(明治4)年1月22日にグリフィスは福井を発ち、東海道経由で2月3日に東京に着いた。

1874年7月に帰国したグリフィスは、ニューヨークのユニオン神学校で牧師になる準備をするとともに、弟子の今立吐酔を助手に『皇国』の執筆を進めた。

1876年、同書はニューヨークのハーパー・アンド・ブラザーズ社から出版され、30年以上の長きにわたって米国で最も人気のある日本歴史書として読み継がれた。

グリフィスは牧師になるくらいだから、当然キリスト教至上主義者で、日本が西洋の尖兵となってアジアにキリスト教を広めることを期待していたらしい。
 

 けれども日本人は石鹸を表す言葉を知らないし、今日になってもそれを使ったことがない。にもかかわらず、どのアジア人よりも身なりも住居も清潔である

(p.42)

 

 日本の法律は乞食を人間とみとめていない。乞食は畜生である。乞食を殺しても訴えられも罰せられもしない。道路に死んで乞食が横たわっている。いやそんなことがあろうかと思うだろうが、事実そうなのである。

(p.45)

 

 娘は十七歳ぐらいで姿が美しく、後ろに大きな蝶結びのある広い帯できちんと着物をむすび、首には白粉が塗ってある。笑うと白い美しい歯が並ぶ。まっ黒の髪が娘らしく結ってある。日本で最も美しい見物は美しい日本娘である

(p.45)

 

 日本を無双の自然美、礼儀正しい国民、善良で勇敢な男、美しい娘、やさしい婦人の国として描いたらどうか。

 それなのに乞食、血だらけの首、胸のわるくなるような傷跡、殺人の現場、暗殺者の蛮勇、数世紀の君主専制によって高潔な人間性が踏み消されるのを、なぜ持ちこむのか。

 いけないはずがない。見栄を張らない真実がうわべだけ立派な虚偽よりよいからだ。また真実をかくすのは罪である

 アメリカ人はあまり上手に何でも信じてしまうほど気が大きく、修辞的な詐欺師や真実を握りつぶす人に迷わされて、日本について最も誤った考えを抱くが、それを正すのは探り針のような筆の力のみである。

 私の筆は誰よりも早くその誤った考えを正しては記録するだろう。私は一八七一年の日本の真の姿を描く

(p.49)

 

 この武士が日本の「文武」階級を形成している。「学者・紳士」がアメリカ人「おはこ」の賛辞であるが、日本では「学者・兵士・紳士」になるのが武士の望みである

 これは一見乱暴な組合せのようだが、その精神がこのアジアの帝国の若い命を燃え立たせて、キリスト教国の科学と言葉の流入から学ぼうと思わせるのである。

(p.59)

 

 動物を極端に哀れむのは日本人の特徴である。それは仏の慈悲の教えの結果である。

(p.81)

 

 日本の住民や国土のひどい貧乏とみじめな生活に私は気がつき始めた

 日本はその国について書かれた本の読者が想像していたような東洋の楽園ではなかった

(p.111)

 

 実際の日本人の生活がどんなものか知り始めると、よく知ることがパン種のように軽蔑を生じてきた

 私は人種や国籍が違うことを神に感謝した。それが偽善的であるとは思わない。

(p.119)

 

 日本人のように遊び好きであったといってもいいような国民の間では、子供特有の娯楽と大人になってからの娯楽の間に境界線を引くのは必ずしも容易ではない

 実際、ここ二世紀半の間に外国人がやってくる以前から、この国の主な仕事は遊びであったといってもいいだろう

 オールコック氏の本の中で最も楽しい表現の一つは「日本は子供の天国である」であった。さらに氏は日本はまた遊びを愛する人にとって非常に楽しい住処であると付け加えたかも知れない。

 この点では中国人と日本人の性格の対照は極端である。中国の学校では初歩読本、三歩格古典のまさに最後の文章の一つに「遊びは益なし」と書かれてある。

(p.152)

 

 この問題を研究する人は、日本人が非常に愛情深い父であり母であり、また非常におとなしくて無邪気な子供を持っていることに、他の何よりも大いに尊敬したくなってくる。

 子供の遊びの特質と親による遊びの奨励が、子供の方の素直、愛情、従順と、親の方の親切、同情とに大いに関係があり、そしてそれらが日本では非常にきわだっていて、日本人の生活と性格のいい点の一つを形成していると私は思う。

(p.164)

 

 暑い時の日本の町では、生きている彫像の研究にすばらしい機会がもてる。働く人はよくふんどし一枚になっている。女性は上半身裸になる。身体にすっかり丸みがついたばかりの若い娘でさえ、上半身裸でよく座っている。無作法とも何とも思ってないようだ。たしかに娘から見ると何の罪もないことだ。日本の娘は「堕落する前のイブ」なのか。

(p.235)

 

 一八七一年の日本の進歩の記録はすばらしい。天皇の政府はもう不安定ではない。国家の軍隊が組織された。陰謀や反乱が鎮圧された

 出版物が文明の原動力の一つになった。すでに数種の新聞が東京で創刊された

 地方の古い支配の形態が国家のそれに吸収された。租税と行政が国じゅうに平等化された。封建制度が死んだのだ

 使節団がヨーロッパへ派遣された。使節団の構成は「大君」を代表する身分の低い手先役人でなく、日本と真の統治者のために弁じる皇国の貴族や閣僚であった。

 天皇は古い伝統を捨てて、今、国民のなかに現われ、屈辱的な忠誠を求めない。

 すべての階級間の結婚が許され、階級制度が消えつつある。被差別階級が法によって守られる市民になった

 武士の刀が廃止された。国内の平和と秩序は驚くほどだ。

 進歩はどこへ行っても合言葉だ。これが神のみわざでなくてなんだろう。

(p.248)

 

 しかし、アジア的生活の研究者は、日本に来ると、他の国と比べて日本の女性の地位に大いに満足する。ここでは女性が東洋の他の国で観察される地位よりもずっと尊敬と思いやりで遇せられているのがわかる。日本の女性はより大きな自由を許されていて、そのためより多くの尊厳と自信を持っている

(p.264 – 265)

 

 放蕩が日本人の性格の一番の特色であるという外国人の間に広まっている信念にも、日本では肉体の純潔が未知のものに近いという考えにも私はくみしない。

 というのは事実はそうでないと信じているからである。

(p.268)

 

 欧米諸国の女性と比べ、標準的に見て、日本の女性は美しいものへのあの優雅な趣味では全く同等の資格があり、服装や個人の装身具においてもよく似合って見える。また礼儀作法が女性らしく上品であることでもひけをとらない。

 美、秩序、整頓、家の飾りや管理、服装や礼儀の楽しみを生まれながらにして愛することでは一般に日本女性にまさる女性はない

(p.274)

 

 この本に書いたことで誤りやすいところがあるのは充分に承知しているが、確かに言えることは、イエス・キリストの宗教のみが日本人の心に新生をもたらし、日本の社会を清め、国家に新しい造血をすることができることである。

 イエス・キリストの教える精神道徳のみが、とりわけ純潔が、日本人にアメリカ人と同じ家庭生活を与えることができる。

 アメリカ人の過ちや罪、アメリカ社会の腐敗や失敗にもかかわらず、その家庭生活、社会生活は、日本人よりも計り知れないほどに高く純粋であると信じる。

(p.277)

 

 日本人一般の道徳的性格は、率直、正直、忠実、親切、柔和、鄭重、孝行、愛情、忠誠などである。

 真理のための真理愛、純潔、節制は持ち前の美徳ではない

 高度の、苦しいまでの名誉の感覚が武士によって養成された。

 普通の職人や農民は精神的におとなしい羊である。

 実際に商人は知能が平凡で、道徳的性格が低く、この点で中国人以下である。

 日本の男性は他のアジア諸国ほど女性に横柄でなく、むしろ鄭重である

 政治意識や社交能力では田舎の人は赤ん坊で、都市の職人は少年である。

 農夫はその性質のどんなに細い繊維にまでも迷信が深くしみ込み染まっている、紛れもない異教徒である。

(p.288)

 

 真のキリスト教を中心に集まるこれらの力と、一つの国を起し、一つの国を倒す全能の神の下に、日本はやがて世界の主要な国々と平等な位置を占め、太陽とともに前進する文明国として、日本が世界の歴史の舞台に今こそ登場しつつあるアジア諸国の指導的立場を取るであろう。

 私はそのような希望を強く胸に抱いている。

(p.299)

 

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