セバスティアン・ビスカイノ

『金銀島探検報告』
村上直次郎譯註 『ドン・ロドリゴ日本見聞録/ビスカイノ金銀島探検報告』
奥川書房, 1941

セバスティアン・ビスカイノ (Sebastian Vizcaino, 1548~1615) はスペインの探検家で、日本の東方にあるとされた伝説上の金銀島探索の目的を持って訪日した。

ドン・ロドリゴが帰国すると、ビスカイノは答礼大使に任命され、サン・フランシスコ号で1611年6月10日(慶長16年4月30日)浦賀に上陸した。

江戸で徳川秀忠、駿府で徳川家康に謁見後、浦賀に戻って金銀島探検の準備を進めた。10~12月には東北地方を探検し、仙台を経て根臼まで北上し、そこから江戸に引き返した。

1612(慶長17)年5~7月には、京都・大坂・堺を訪れて江戸に戻った。9月16日(陰暦8月21日)ようやく浦賀を出航し、日本の東方を探索したが、台風に遭って探検を断念し浦賀に戻った。

サン・フランシスコ号は破損が激しいため、伊達家と慶長遣欧使節団のサン・フアン・バウティスタ号に同乗する契約を結んだ。同号は1613年10月27日(慶長18年9月14日)出航し、12月サカトラに到着した。

ビスカイノは江戸での交易が不調だった上に金銀島も発見できなかったためか、八つ当たり気味に日本人の悪口を並べている。
 

此國に於ては皇帝も領主等も少しも確定安全なる事なし。蓋し他の人々の官職を有するは暴力に據る所にして、力多き者多く達成するが故なり

(p.142)

 

貴族は禮儀正しきが、又虚榮心、没常識及び慢心大にして、血統及び武器を重んず。又外見を張るが故に収入多額なれども常に負債を有す

此の如くなるは又皇帝の事(政策の意なり)に因る所なり。

(p.144)

 

一般人民は甚だ惡しく、予は之を誇張することを好まざれども、世界に於て最も劣惡なる者なり。彼等は金錢の爲め子女及び妻女を賣却す

(p.144)

 

浮浪人又は無職の人なし。彼等の生活は何に依るか直に明白となり三日以上一所に居ることを得ざるが故にして、職無く主人無き者を發見すれば之を斬る

(p.146)

 

此國は長さ及び幅五百レグワを超ゆるに係らず、言語は一にして文字の書方も一様なり。

男女共に皆讀み書き又計算をなし、商賣の事に甚だ機敏にして猶太人も彼等には及ばず

神は此の惡しき國民に其希望する所を悉く與へ給へるが如く、甚だ優雅にして疫病の何たるかを知らず、病の流行することなく、内科醫又は外科醫の必要なし

(p.147)

 

彼等は大なる者も小なる者も皆試合供應酒宴をなし、一年の大部分は之を行へり。

領主及び司祭は一層甚だしく皆逸樂の生活をなせり。

(p.147)

 

欧米から見た日本