ハリス

『日本滞在期』
ハリス(坂田精一訳) 『日本滞在期』
岩波文庫赤759-761, 1953

タウンゼンド・ハリス (Townsend Harris, 1804-1878) は米国の外交官で、1856(安政3)年に初代駐日総領事として下田に赴任し、1858(安政5)年幕府と日米修好通商条約を締結した。

1853年、上海にいたハリスはペリー艦隊への同行を希望したが拒絶された。ハリスは駐日総領事を希望して帰国して運動し、ピアス大統領はペリーにも相談し、ハリスを派遣することとした。

1855年10月17日、ハリスは単身ニューヨークを出航し、インドでオランダ語通訳のヒュースケンと合流した。

1856年5月にタイとの条約を締結した後、8月21日に下田に到着した。

和親条約の英文では、総領事の駐在は一方の国が必要と認めれば派遣できるとなっていたが、日本文では両国が必要と認めた場合にのみ可能となっていた。そこで日本側は駐在を拒否しようとしたが、ハリスはこれを押し切って9月3日に柿崎の玉泉寺に入った。

1857年6月17日、ハリスはアメリカ人の居住権、長崎での薪水食糧等の供給、領事旅行権等を内容とする下田条約を下田奉行との間で締結した。

11月、ハリスは下田を発ち江戸の蕃書調所に入った

12月7日、ハリスとヒュースケンは江戸城で将軍家定に謁見した。

1857年2月、ハリスは病を得て下田で静養した。

7月23日、ミシシッピ号が下田に入港し、英仏がインドと中国を屈服させたことを伝えた。ハリスはこれをタネに条約締結を迫った。

日米修好通商条約は1858年7月29日、ボーハタン号上で調印された。
 

柿崎は小さくて、貧寒な漁村であるが、住民の身なりはさっぱりしていて、態度も丁寧である。世界のあらゆる國で貧乏に何時も附き物になっている不潔さというものが、少しも見られない。彼らの家屋は、必要なだけの淸潔さを保っている。土地は一吋もあまさず開墾されている。
(中巻, p.14)

料理は立派なもので、見る目も至って綺れいで、淸潔なものであった。私は、彼らの料理に甚だ好い印象をうけた
(中巻, p.23)

そして、我々一同はみな日本人の容姿と態度とに甚だ滿足した。私は、日本人は喜望峰以東のいかなる民族よりも優秀であることを、繰りかえして言う。
(中巻, p.24)

日本の法典は少し殘酷である。殺人、放火、強盗、大竊盗、それに父親に對する暴行には死罪が科せられる。
(中巻, p.88)

日本人は淸潔な國民である。誰でも毎日沐浴する。職人、日雇の勞働者、あらゆる男女、老若は、自分の勞働を終ってから、毎日入浴する。
 
下田には澤山の公衆浴場がある。料金は錢六文、すなわち一セントの八分の一である!
 
富裕な人々は、自宅に湯殿をもっているが、勞働階級は全部、男女、老若とも同じ浴室にはいり、全裸になって身體を洗う
 
私は、何事にも間違いのない國民が、どうしてこのように品の惡いことをするのか、判斷に苦しんでいる。
(中巻, p.95)

又或る時ヒュースケン君が温泉へゆき、眞裸の男三人が湯槽に入っているのを見た。彼が見ていると、一人の十四歳ぐらいの若い女が入ってきて、平氣で着物を脱ぎ、「まる裸」となって、二十歳ぐらいの若い男の直ぐそばの湯の中に身を横たえた。
 
このような男女の混浴は女性の貞操にとって危檢ではないかと、私は副奉行に聞いてみた。彼は、往々そのようなこともあると答えた。
 
そこで私は、處女であると思われている女と結婚して、床入りの時そうでないことを知ったときには、男の方はどうするかと問うた。副奉行は、「どうにも」と答えた。
(中巻, p.161)

さて話題は、いつもの日本式のものへ移った。この人たちの淫奔さは、信じられないほどである。要件がすむや否や、彼らが敢て談ずる一つの、そして唯一の話題がやってくる。
(中巻, p.168)

私は、日本人のように飲食や衣服について、ほんとうに儉約で簡素な人間が、世界のどこにもあることを知らない
 
寶石は何人にも見うけられない。黄金は主として、彼らの刀劍の飾りに用いられている。ある特殊の場合は、金絲の入った錦織が緋や黄色のものとともに用いられるが、そんなことは滅多にない。それらは例外であって、法則ではない。
 
着物の色は黒か灰色である。貴人のものだけが絹布で、その他すべての者の布は木綿である。
 
日本人は至って欲望の少ない國民である
(中巻, p.196)

なんとかして眞實が囘避され得るかぎり、決して日本人は眞實を語りはしないと私は考える。率直に眞實な囘答をすればよいときでも、日本人は虚偽をいうことを好む
(中巻, p.239)

私は、どんな種類の美術品をも精巧に作るという點について、日本人の習性を買いかぶってきたと思う。
 
彼らの政府の特性は、富と奢侈のために品物を作る腕前をふるうことを、禁じているように見える。奢侈禁止法は、形、色彩、材料と、すべての衣類の着換時を嚴しく取締っている。それだから、家具の贅澤なぞは、日本では知られていない。この國では、大名の邸宅の家具ですら、アメリカの謹直で堅實な職工の家に見られるものの半分の値打ちもないといって憚らない。
 
純朴と質素は、この國の重要な格律となっている。それは最もおどろくべき方法によって實施されている。官憲の取締によって、日本人のあらゆる行為を抑壓しようとすることが、絶えざる仕事となっている。
(中巻, p.247)

見物人の數が増してきた。彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない――これが恐らく人民の本當の幸福の姿というものだろう。
 
私は時として、日本を開國して外國の影響をうけさせることが、果してこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる
 
私は、質素と正直の黄金時代を、いずれの他の國におけるよりも、より多く日本において見出す
 
生命と財産の安全、全般の人々の質素と滿足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる。
(下巻, p.26)

私は、スチーム(蒸氣)の利用によって世界の情勢が一變したことを語った。
 
日本は鎖國政策を抛棄せねばならなくなるだろう。
 
日本の國民に、その器用さと勤勉さを行使することを許しさえするならば、日本は遠からずして偉大な、強力な國家となるであろう
(下巻, p.87)

欧米から見た日本

 
 

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