フランシスコ・ザビエル

『書 簡』
河野純徳訳 『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』
東洋文庫579-582, 平凡社, 1994
 
 
 フランシスコ・ザビエル(Francisco de Jassu y Xavier, 1506~1552)はスペイン生まれの宣教師で、「イエズス会」創設に参加、1542年からインドのゴアを中心に布教に当たった。

 1547年アンジロウに出会い日本布教を決意し、1549年8月鹿児島に上陸し同地で布教した。1550年8月平戸に移り、10月京都へ向け出発、11月に山口で布教、12月に堺に到着した。

 1551年1月京都に入るが天皇拝謁・延暦寺訪問ともに果たせず、3月に平戸に戻った。4月から山口で布教し、9月にポルトガル船到着の報を聞いて豊後府中に赴いた。11月に同地を出航し、翌1552年2月ゴアに帰着した。
 
 

 第一に、私たちが交際することによって知りえた限りでは、この国の人びとは今までに発見された国民のなかで最高であり、日本人より優れている人びとは、異教徒のあいだでは見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。
 
 驚くほど名誉心の強い人びとで、他の何ものよりも名誉を重んじます。大部分の人びとは貧しいのですが、武士も、そうでない人びとも、貧しいことを不名誉とは思っていません。
 
(三巻, p.96)

 

 大部分の人は読み書きができますので、祈りや教理を短時間に学ぶのにたいそう役立ちます。彼らは一人の妻しか持ちません。
 
 この地方では盗人は少なく、また盗人を見つけると非常に厳しく罰し、誰でも死刑にします。盗みの悪習をたいへん憎んでいます。彼らはたいへん善良な人びとで、社交性があり、また知識欲はきわめて旺盛です。
 
(三巻, p.97)

 

 彼らは道理にかなったことを聞くのを喜びます。彼らのうちで行なわれている悪習や罪について、理由を挙げてそれが悪であることを示しますと、道理にかなったことをすべきであると考えます。
 
(三巻, p.98)

 

 私はこれほどまでに武器を大切にする人たちをいまだかつて見たことがありません。弓術は非常に優れています。この国には馬はいますが(彼らは)徒で戦っています。
 
 彼らはお互いに礼儀正しくしていますが、外国人を軽蔑していますので、(私たち外国人に対しては)彼らどうしのようには礼儀正しくしません。
  
 財産のすべては衣服と武器と家臣を扶持するために用い、財宝を蓄えようとしません。非常に好戦的な国民で、いつも戦をして、もっとも武力の強い者が支配権を握るのです。
 
(三巻, p.170)

 

 (日本人たちは)好奇心が強く、うるさく質問し、知識欲が旺盛で、質問は限りがありません。また彼らの質問に私たちが答えたことを彼らは互いに質問しあったり、話したりしあって尽きることがありません。
 
(三巻, p.186)

 

 日本人は白人です
  
 日本の国の近くには中国の国があり、前に書きましたように、(日本の)諸宗派は中国から伝えられたものです。中国はたいへん大きな国で、平和で、戦争はまったくありません。そこにいるポルトガル人からの手紙によりますと、正義がたいへん(尊ばれている)国で、キリスト教国のどこにもないほど正義の国だそうです。
 
 日本や他の地方で今まで私が会った限りでは、中国人はきわめて鋭敏で、才能が豊かであり、日本人よりもずっと優れ、学問のある人たちです
 
(三巻, p.202)

 

 (日本へ行く神父は)考えも及ばないほど大きな迫害を受けなければなりません。昼間はずっと、そして夜になっても大勢の訪問客に押しかけられ、質問攻めにあってたいへんてこずり、そして断わりきりないような指導者(階級の)人たちの家に招かれます。
 
 神父は祈り、黙想し、観想する時間がありませんし、霊的に内省する(余裕)もありません。少なくとも初めのうちはミサ聖祭を挙げることもできません。(神父は)質問に答えるのに絶えず追われて、聖務日課を唱える時間もなく、食事や睡眠の時間さえもありません
 
 日本人はほとんど問題がないような(小さなことでも)とくに外国人にうるさくつきまとって(質問し)、外国人たちを馬鹿にして、いつもあざ笑っています
 
(三巻, p.213~214)

 
 

欧米から見た日本