マルコ・ポーロ

『東方見聞録』
マルコ・ポーロ(愛宕松男訳注) 『東方見聞録』
東洋文庫158,183, 平凡社, 1970-71
 
マルコ・ポーロ (Marco Polo, 1254~1324) はベネチアの商人で、1275年に元の大都に至り、フビライ帝に厚遇され17年間中国にとどまった

1292年に泉州を発ち、1295年にベネチアに帰った。

『東方見聞録』は、ジェノバの捕虜(※クルゾラの戦い)となっていた1298年に同囚のルスチケルロに口授したもの。黄金の宮殿の描写は、平泉の中尊寺金色堂の話を聞き伝えたものと言われる。食人の習慣については、誰かにかつがれたものか、本人のホラなのかわからない。
 

チパング(日本国)は、東のかた、大陸から千五百マイルの大洋中にある、とても大きな島である。

住民は皮膚の色が白く礼節の正しい優雅な偶像教徒であって、独立国をなし、自己の国王をいただいている。

この国ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している。

(二巻, p.130)

 

この国王の一大宮殿は、それこそ純金ずくめで出来ているのですぞ。我々ヨーロッパ人が家屋や教会堂の屋根を鉛板でふくように、この宮殿の屋根はすべて純金でふかれている。したがって、その値打ちはとても評価できるようなものではない。

(二巻, p.130)

 

しかしこの一事だけは是非とも知っておいてもらいたいからお話しするが、チパング諸島の偶像教徒は、自分たちの仲間でない人間を捕虜にした場合、もしその捕虜が身代金を支払い得なければ、彼らはその友人・親戚のすべてに「どうかおいで下さい。わが家でいっしょに会食しましょう」と招待状を発し、かの捕虜を殺して――むろんそれを料理してであるが――皆でその肉を会食する。彼等は人肉がどの肉にもましてうまいと考えているのである。

(二巻, p.139 – 140)

 

欧米から見た日本