ヴァリニャーノ

『日本巡察記』
ヴァリニャーノ(松田毅一他訳) 『日本巡察記』
東洋文庫229, 平凡社, 1973

アレシャンドゥロ・ヴァリニャーノ (Alejandro Valignano, 1539~1606) はイタリアの宣教師で、イエズス会の巡察師として日本を三度訪れた。

初来日は1579(天正7)年7月で、島原半島の口之津に上陸し、長崎と豊後府中(大分)を訪れた。

翌年3月には瀬戸内海航路で堺に至り、織田信長に歓迎され、畿内各地を巡回した。9月に豊後、11月に長崎に戻り、そこで一連の会議を開催した。

1582(天正10)年2月20日、天正少年使節団を伴ったヴァリニャーノは、長崎を出航しゴアに向かった。

1590(天正18)年7月、ヴァリニャーノは少年使節団を伴い長崎に上陸した。

翌年3月に豊臣秀吉に謁見し、間もなく長崎に戻った。

1592(天正20)年10月、ヴァリニャーノは長崎を出航し、マカオに向かった。

三度目の来日は1598(慶長3)年8月で、このときはほとんど長崎にとどまり、1603(慶長8)年1月に離日した。

以下は、第1回日本巡察にもとづいて執筆された『日本諸事要録(S. I. SUMARIO de las cosas de Japón)』(1583)からの抜粋である。本書は長らくイエズス会機密文書として眠っていたが、1954年に初めて出版された。
 

人々はいずれも色白く、きわめて礼儀正しい。一般庶民や労働者でもその社会では驚嘆すべき礼節をもって上品に育てられ、あたかも宮廷の使用人のように見受けられる。この点においては、東洋の他の諸民族のみならず、我等ヨーロッパ人よりも優れている。

(p.5)

 

国民は有能で、秀でた理解力を有し、子供達は我等の学問や規律をすべてよく学びとり、ヨーロッパの子供達よりも、はるかに容易に、かつ短期間に我等の言葉で読み書きすることを覚える。

また下層の人々の間にも、我等ヨーロッパ人の間に見受けられる粗暴や無能力ということがなく、一般にみな優れた理解力を有し、上品に育てられ、仕事に熟達している

(p.5)

 

牧畜も行なわれず、土地を利用するなんらの産業もなく、彼等の生活を保つ僅かの米があるのみである。したがって一般には庶民も貴族もきわめて貧困である

ただし彼等の間では、貧困は恥辱とは考えられていないし、ある場合には、彼等は貧しくとも清潔にして鄭重に待遇されるので、貧苦は他人の目につかないのである。

(p.6)

 

日本人の家屋は、板や藁で覆われた木造で、はなはだ清潔でゆとりがあり、技術は精巧である。屋内にはどこもコルクのような畳が敷かれているので、きわめて清潔であり、調和が保たれている。

(p.6)

 

日本人は、全世界でもっとも面目と名誉を重んずる国民であると思われる。すなわち、彼等は侮蔑的な言辞は言うまでもなく、怒りを含んだ言葉を堪えることができない。したがって、もっとも下級の職人や農夫と語る時でも我等は礼節を尽くさねばならない。

(p.6)

 

しかして国王及び領主は、各自の国を能うる限り拡大し、また防禦しようと努めるので、彼等の間には通常戦争が行なわれるが、一統治権のもとにある人々は、相互の間では平穏に暮らしており、我等ヨーロッパにおけるよりもはるかに生活は安寧である。

それは彼等の間には、ヨーロッパにおいて習慣となっているような多くの闘争や殺傷がなく、自分の下僕か家臣でない者を殺傷すれば死刑に処されるからである。

(p.10)

 

日本人はきわめて忍耐強く、飢餓や寒気、また人間としてのあらゆる苦しみや不自由を堪え忍ぶ。それは、もっとも身分の高い貴人の場合も同様であるが、幼少の時から、これらあらゆる苦しみを甘受するよう習慣づけて育てられるからである。

(p.11)

 

また彼等は、感情を表すことにははなはだ慎み深く、胸中に抱く感情を外部に示さず、憤怒の情を抑制しているので、怒りを発することは稀である。

(p.12)

 

次に述べるように、日本人は他のことでは我等に劣るが、結論的に言って日本人が、優雅で礼儀正しく秀でた天性と理解力を有し、以上の点で我等を凌ぐほど優秀であることは否定できないところである。

(p.14)

 

彼等の間には、罵倒、呪詛、悪口、非難、侮辱の言葉がなく、また戦争、借用者、海賊の名目をもってなされる場合を除けば、盗みは行なわれず、(窃盗)行為はひどく憎悪され、厳罰に処せられる

(p.16)

 

だが彼らに見受けられる第一の悪は色欲上の罪に耽ることであり、これは異教徒には常に見出されるものである。

…最悪の罪悪は、この色欲の中でもっとも堕落したものであって、これを口にするには堪えない。彼等はそれを重大なことと考えていないから、若衆達も、関係のある相手もこれを誇りとし、公然と口にし、隠蔽しようとはしない。

(p.16)

 

この国民の第二の悪い点は、その主君に対して、ほとんど忠誠心を欠いていることである。主君の敵方と結託して、都合の良い機会に主君に対し反逆し、自らが主君となる。反転して再びその味方となるかと思うと、さらにまた新たな状況に応じて謀反するという始末であるが、これによって彼等は名誉を失いはしない

(p.17)

  

日本人の第三の悪は、異教徒の間には常に一般的なものであるが、彼等は偽りの教義の中で生活し、欺瞞と虚構に満ちており、嘘を言ったり陰険に偽り装うことを怪しまないことである。

…既述のように、もしこの思慮深さが道理の限度を超えないならば、日本人のこの性格から、幾多の徳が生まれるであろう。

だが日本人はこれを制御することを知らぬから、思慮は悪意となり、その心の中を知るのに、はなはだ困難を感じるほど陰険となる。そして外部に表われた言葉では、胸中で考え企てていることを絶対に知ることはできない

(p.18)

 

第四の性格は、はなはだ残忍に、軽々しく人間を殺すことである。些細なことで家臣を殺害し、人間の首を斬り、胴体を二つに断ち切ることは、まるで豚を殺すがごとくであり、これを重大なこととは考えていない。

だから自分の刀剣がいかに鋭利であるかを試す目的だけで、自分に危険がない場合には、不運にも出くわした人間を真っ二つに斬る者も多い。

もっとも残忍で自然の秩序に反するのは、しばしば母親が子供を殺すことであり、流産させる為に、薬を腹中に呑みこんだり、あるいは生んだ後に(赤子の)首に足をのせて窒息させたりする。

(p.19)

 

日本人の第五の悪は、飲酒と、祝祭、饗宴に耽溺することである。その為には多くの時間を消費し、幾晩も夜を徹する。この饗宴には、各種の音楽や演劇が伴うが、これらはすべて日本の宗教を日本人に教えた人々が考案したもののように思われる。

この飲酒や類似の饗宴、過食は、常に他の多くの堕落を伴うので、これによって日本人の優秀な天性がはなはだしく損なわれている。

(p.19)

 

彼等のことごとくは、ある一つの言語を話すが、これは知られている諸言語の中でもっとも優秀で、もっとも優雅、かつ豊富なものである。その理由は、我等のラテン語よりも(語彙が)豊富で、思想をよく表現する(言語だ)からである。

(p.26)

 

上述のすべての点において、真実の精神が彼等の心の中に宿るならば、彼等は我等よりも優れた素質を有すると言いうる。なぜなら、彼等が天性として有するものに我等が到達する為には、我等は大いなる努力を必要とするからである。

(p.98)

 

彼等は生来その性格は萎縮的で隠蔽的であるから、心を触れ合おうという気持を起こさせ、納得せしめることが必要である。

なぜならば、信仰や真実で堅固な徳操に到達する為、及び心の曇りを除いて不快や誘惑を退ける為には、日本人の天性であり、習性となっているこの萎縮的性癖ほど大きい障害はないからである。

(p.102)

 

したがってこの報告書の中でたびたび言及したように、我等が習慣や性格のまったく反対である外国人であり、また政治上の統治という問題には触れず、それによって彼等を援助するようなことはまったく無く、かえって既述のように大きい不幸が惹起しているにもかかわらず、我等が日本に居住することを日本人が認めているのは驚嘆に値する。これにより、日本人がいかに道理に従う人々であるかが判明する。
(p.133)

 
 

欧米から見た日本