原発広告

『原発広告』(亜紀書房)著者 本間龍さんインタビュー
【週刊通販生活】
 
 
「原発安全神話をすり込むために、電力会社はこの40年間で2兆4千億円もの広告費を使いました」
 

 東日本大震災前までは、当たり前のようにテレビや新聞で見かけていた「原発広告」。国民に原発の「安全神話」をすり込み、マスメディアの批判力を奪ってきた広告とはどのようにして作られたのか。大手広告代理店の営業マンを経て、著述家として活躍している本間龍さんに伺いました。

聞き手・構成/佐藤恭子(ライター) 撮影/田安剛
 
 
 
 
原発の広告宣伝費は税金や電気料金から出ている。

―― 著書『原発広告』(亜紀書房)には、1970年代から新聞や雑誌などに掲載されていた原発推進の広告が250点も収録されています。電力会社や原子力関連企業がこれほどまでに広告を打っていたことに驚かされますが、それらを一冊の本にまとめたのは、どんな経緯だったのでしょうか。

本間 : 私自身、大手広告代理店「博報堂」に18年間勤務していて、前々から原発広告に問題意識を持っていました。原発広告は、国が推し進める「原発安全神話」を補強し、国民に信じ込ませるために作られます。官民一体となって、綿密に計画されたプロパガンダと言っていいでしょう。それを検証することは、「なぜ、日本が危険な原発を55基も受け入れてしまったのか」という、根本的な問題の理解に役立つのではないかと思いました。
 
―― 原発広告が作られる仕組みを、改めて教えてください。

本間 : まず、電力会社や原子力関連企業は広告主として、新聞やテレビ、雑誌などのマスメディアに広告を出す立場です。マスメディアの主な収入源は、企業から入ってくる広告料で、それを仲介するのが広告代理店です。広告代理店の営業担当者は電力会社の意見を聞いて、どの媒体に、どんな広告を載せるか、計画を立てます。
 
―― 莫大な金額の広告費が動いていたようですね。

本間 : 朝日新聞によると、大手電力会社9社が1970年から2011年までの42年間にかけた「普及開発関係費」(広告宣伝費)は、2兆4000億円にのぼります。単体で見ると、東京電力は2010年度だけで269億円、電気事業連合会(電事連)は866億円です。電力会社や原子力関連企業は日本の広告業界における大広告主で、おそらく世界を見渡しても、これほど巨額な広告予算を長年にわたって投入した広告主は類を見ないでしょう。
 
―― その広告宣伝費は、国民が払う税金や電気料金で賄われているとか。

本間 : ふつう企業は利益が出た分からどれだけ広告費を使うか考えますよね。でも、電力会社は違います。日本の電気料金は、発送電にかかるすべての費用を上乗せする「総括原価方式」によって決められていますから、電力会社側はどんなに広告費を使っても赤字になりません。何か原発関係のトラブルが起きると、いったんは減額しますが、ほとぼりがさめると、さらに増額されています。

 チェルノブイリ原発事故が起きた86年に121億円だった東電の普及開発関係費は、翌87年に150億円に増額され、その後は250億円までふくれています。また、02年に東電のトラブル隠しが発覚した時は、いったん203億円まで下がったものの、翌03年は213億円、さらに04年には268億円まで増えました(表参照)。

 3.11後は、さすがに下火になりましたが、13年3月、日本原燃と電事連は、青森県のローカル紙に、見開きカラーの大きな広告を載せました。作家の神津カンナさんと、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーとして知られる川口淳一郎さん(宇宙航空研究開発機構教授)の対談です。

―― 見出しには「『はやぶさ』に学ぶ青森そして未来への提言」と書かれていて、一見すると普通の対談記事のようですね。

本間 : でも、よく読むと「失敗は成功の原動力になる」など、さりげなく原発を肯定する表現があるのです。これを見たとき、私は心底あきれました。あれだけの惨事が起きたのに、また同じことを始めるのかと。
 
―― 原発広告の内容に対し、国はどのように関わっているのでしょうか。

本間 : 91年、当時の科学技術庁が日本原子力文化振興財団に作成を委託した「原子力PA方策の考え方」という報告書があります。PAとは「パブリック・アクセプタンス」(社会的受容)のことで、原子力政策が社会に受け入れられるための方策をまとめたものです。そこには「子供向けには、マンガを使う」、「女性(主婦)層には、訴求点を絞り、信頼ある学者や文化人等が連呼方式で訴える」、「サラリーマン層には“1/3は原子力”、これを訴えるのが最適」など、非常に詳細な内容が記されています。これが原発推進団体に配られ、広告のキャッチフレーズや、出演者を選定する際の参考とされていました。
 
―― 誰もが見たことのある「エネルギーの3分の1は原子力」といったキャッチフレーズの下地ということですか。

本間 : そうです。ほかにも、「原子力はCO2を出さないクリーンなエネルギー」なども、原子力PAを参考にして作られました。事実と異なることを、ためらいもなく広告に載せてきたのです。この構造は、かつて日本が太平洋戦争に突入した時と同じではないかと、私は思います。当時のマスメディアは、軍部のいいなりになって「鬼畜米英」「欲しがりません勝つまでは」など大政翼賛的なキャッチフレーズの報道を繰り返しました。それらが国民を戦争へと駆り立て、悲惨な結果を招いたのです。安全神話をばらまいた原発広告も同じで、結果的に我々国民は55基もの原発を許し、福島第一原発事故が起きました。
 
 
原発広告の本当の目的は、メディアコントロール。
 
―― 一方で、電力会社が大量の原発広告を打つ理由は、国民に向けた安全PRだけでなく、「メディアコントロール」の意味も大きいと、本間さんは著書に書かれていますね。

本間 : 電力会社はマスメディアの大口スポンサーですから、彼らの機嫌を損ねて「広告を取りやめる」と言われたら、経営に響きかねません。原発に関するネガティブなニュースは、なるべく取り上げないように、マスコミ各社は自主規制するのが当たり前でした。福島第一原発事故が起きた当初、「直ちに影響はありません」と繰り返し報道されていたのもそのためです。
 
―― もしも原発に否定的な内容を取り上げたとすると、電力会社側は具体的にどのような行動に出るのでしょうか。

本間 : テレビの場合によくあるのは、番組を作った報道部ではなく、広告出稿の窓口である営業部署にクレームを入れるパターンです。いくら気骨のある記者が原発を批判する番組を作っても、広告が減ると経理や営業に煙たがられる。そうやって、社員同士が対立するように仕向けて、実際に記者が左遷された例はいくつもあります。例えば、評論家の田原総一朗さんも、「原子力戦争」という本を書いて圧力を受け、当時勤めていたテレビ東京を辞めています
 
―― そうした広告主とメディアの力関係は、都市部も地方も同じですか。

本間 : 地方はもっと露骨ですよ。特に原発立地自治体は、「原発はいいものだ」と思わせるために広告の量が多い反面、批判的な報道への締め付けも厳しい。88年に青森放送が制作したドキュメンタリー番組『核まいね』は、六ヶ所村の核燃料サイクル施設の建設を巡る地元の苦悩を描いたものでした。非常に優れたシリーズ作品で「日本民間放送連盟賞」「ギャラクシー賞」などを受賞しましたが、科学技術庁や日本原燃から強いクレームがつきました。その威力は、報道制作部を解体させて番組を終了に追いやっただけでなく、社長の交代にまで及んだのです。地方のテレビ局にとって、電力会社は最大スポンサーですから、何も言い返せません。原発広告は札束と同じように、地元メディアの発言権を奪っていくのです。
 
―― そうしたことを、広告代理店の営業担当者は知っているのでしょうか。

本間 : まったく知らないことはないでしょうね。ただ、3.11前までは、危機感や自責の念を感じている人はほとんどいなかったと思います。私は博報堂に在職していた頃から、原子力に頼らない社会を目指すNPO「原子力資料情報室」の会員で、同僚たちに原発の危険性について話していました。しかし「そうはいっても、事故は起きていないじゃないか」と返されるのが常でした。
 
―― 一般の人がそうであるように、広告業界の人も何となく安全神話を信じていたのですね。

本間 : 原発広告のひとつに、経済産業省が主催した「原子力ポスターコンクール」があります。全国の小中学生に原発推進のポスターを描かせるというひどいプロジェクトですが、中堅の広告代理店が担当していました。その会社のウェブサイトには、最近まで30歳代くらいの営業マンの成功体験が載っていました。「全社一丸になって臨みました」「(コンクールの参加者を増やすには)新聞広告より学校への周知が大事」などと書かれ、小学校に電話をしたり、原発の資料を送ったりしたことが誇らしげに紹介されていました。無邪気な笑顔の写真も添えられていたのですが、彼らは、すでに原発広告が蔓延する社会で育った世代です。罪悪感などは持っていなかったことでしょう。

―― 本来であれば「原発広告を載せた新聞は買わない」などと、国民が意思を表明できるといいのですが、なかなかそうはなりませんね。

本間 : アメリカなどでは消費者団体が不買運動をするし、それを支持する社会的なムードもあります。日本人は国民性なのか、だれかを攻撃したり、批判したりすることを避けたがりますよね
 
―― 3.11から2年半以上がたち、日常生活の中で、原発が話題になることはずいぶん減った印象があります。

本間 : 一般の人もそうですし、メディアで原発が取り上げられることも減りました。『原発広告』を上梓して、周囲の人からよく「マスメディアや広告業界から圧力がかかりませんか」と聞かれるのですが、何もないんですよ。大手メディアは肯定も否定もしない、黙殺といったほうが正しいかもしれません。よほど古傷を触られたくないのか、私には過去と真剣に向き合っていないように見えます。
 
 
再稼働に向けて、再び原発広告が盛り上がる懸念。
 
―― 経済産業省は、エネルギー基本計画に原発の再稼働を明記しました。原発広告は、これから再びマスメディアに登場するようになるのでしょうか。

本間 : そうだと思いますよ。今頃、大手広告代理店はチームを組んで、準備を始めているのではないでしょうか。広告代理店やメディアの人が、広告主に抗いにくいことはよくわかりますが、原発広告は二度と許してはいけません。
 
―― 今後の広告のあり方に求めたいことはありますか。

本間 : 本来、広告は社会を明るくするためのもの。私は、そう思って18年間、博報堂に勤めていました。今でも、広告自体を全否定するつもりはありません。しかし、広告は裏を返せば人間の欲望の現れでもあります。いい服を着たい、おいしいものを食べたいなど、欲求をかき立てますよね。それが、服や食べ物であればいいのですが、原発はわけが違います。原発を支持した人もそうでない人も含め、厄災が及ぶ範囲が極めて広い。果たして、原発広告は福島の人たちの人生を明るくしたのでしょうか。広告業界の人たちには、良心を持って原発広告を拒否してほしいと思います。また、原発広告を目にしたとき、「これは安全神話を押しつけ、メディアを黙らせるための広告だな」と冷静に判断する市民が増えることを願ってやみません。


本間龍(ほんま・りゅう)
著述家。1962年、東京都生まれ。89年、博報堂に中途入社。06年、同社退職後、在職中に発生した損金補填にまつわる詐欺容疑で逮捕・有罪となり、1年間服役。出所後、その体験をつづった『「懲役」を知っていますか?』(学習研究社)で作家デビュー。3.11後は原発と広告の関係について発言、執筆をしている。著書に『電通と原発報道』『原発広告』(ともに亜紀書房)がある。