辺境に生きる

 といっても、地理的な意味での辺境ではなく、以前にも書きましたが若い頃に頚椎の中に出来た腫瘍を摘出する手術を受けて以来、後遺症を抱えながら現在も生活しているワケで、日常の生活、仕事はいまのところ普通にこなせても、休日には溜まった疲れを取るために、一日中家でグッタリしているような状態。

 健常な人であれば休日は家族で遊園地へ出かけたり、恋人とデートを楽しむのでしょうが、ワタシにとっては体を回復させる貴重な一日。

 そんなワタシがベトナムで暮らし始めたのは、日本の冬の寒さが後遺症にはツラく、症状を緩和するためにも暖かい所で暮らそうと思い立ったからで、ベトナムに特に強い思い入れがあったワケではなかったのですが、もうかれこれ5年ここで暮らし今日まで何とか一人でやってこれたのは…

ベトナム人の国民性が自分に合っていた

…というコトなんでしょう。
 
 アバウトで…辛抱強く…生きることにしたたか…。この国では、身体障害者だろうと貧乏人だろうと容赦なく社会参加して(させられて?)います。そしてそのことで、ワタシ自身もずい分勇気というかヤル気を分けて貰いました。

生きることのカッコ悪さ。

それでも生きる意欲を失わないカッコ良さ。

 生きることにトコトン向き合う。時には他人を傷つけることもありますが、ま…それはお互い様。そしていま自分がここに在るのも、見知らぬ誰かの誰かのお蔭様。

この世界は広い。

自分が思っているよりも遥かに広い。

 人間の生き様にしても、山奥で炭焼きをしながら静かに一生を終える人もいるだろうし、何億と言う財を築き世界経済に影響を与える人もいれば、事故や病気で植物人間状態になり病院のベッドで一生を終える人や、死んだほうがマシなくらい過酷な運命を背負っている人もいたりと千差万別ですが、最終的に行き着くトコロは…

いまここに自分がいる

…というそれだけのことであって、自分はどう生きるのか?どう生きることが出来るのか?そもそも…

自分はどう生きたいのか?

…というのが全ての原点。

 不本意に投げ込まれた命の連鎖の中で、足掻きながらもベストを尽くして生きる。例えその場所が孤独な…

辺境のような場所だとしても。

 ワタシは…まだまだ弱い…。