「紅巾の乱」と「フランス革命」と鄭和の沈没艦隊

 ヒロシさんの記事と極東ブログさんの記事が妙wに気になったので、整理する事にしました。
 
中国のソフトパワー:鄭和航海とアフリカ資源外交
ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 2010年07月30日
 
フリジア帽はミトラ教の帽子
極東ブログ 2010.08.04
 
 今回、中国とケニアが共同調査する「鄭和」の沈没艦隊は「明」の時代のもので、「明」は「白蓮教徒」が蜂起した「紅巾の乱」により「元」が打ち倒された後に建てられた王朝です。
 
白蓮教 – Wikiprdia
 
紅巾の乱 – Wikipedia
 
 建国の原動力となった「白蓮教」は、キリスト教が登場する以前もっとも勢力を持っていた「ミトラ教」の流れを汲む教団で、「明」という国号も「ミトラ教」に因みます。

 このミトラ教の教義から「朱子学」、「陽明学」が派生し、弘法大師空海が持ち帰った「密教」の秘儀も「ミトラ教」に由来するものであり、さらには弥勒菩薩信仰も「ミトラ教」の文脈上にあります。
 
ミトラ教 – Wikipedia
 
 で、話を鄭和の沈没艦隊に戻し「鄭和」がどういういう人物であったかというと、先祖はモンゴル帝国の時代に中国の連れてこられた異民族で、「元」の時代に雲南地方に移住したイスラム教徒らしく、アーリア系(ペルシャ系)だったようです。
 
鄭 和 – Wikipedia
 
 鄭和が活躍したのは日本の「室町時代」に当り、「明」と勘合貿易(日明貿易)を行い北山文化や東山文化が花開いらいた時代です。

 当時の「明」は貿易に力を入れていたワケですが、その理由として鄭和などのペルシャ系商人が活躍し、アフリカ(ケニア)との貿易にしても…

アラビア海沿岸は自分の庭先

…くらいの感覚ではなかったかと?
 

 
 ま、現在の中国と明朝は実質的には別の国のように思えますし、ヒロシさんが言うような…

「今回の沈没船調査はアフリカの利権を中国が狙って云々…」

…とカリカリする必要もないように思えます。それに商売のプロモーションだとしても、第三者が他人の商売にケチをつけるというのもいささか大人気ないのでは?自由貿易の時代ですしw。

アフリカの独裁政権を中国がバックアップしている!

…といった論調も見受けられますが、欧米列強がしてきた事および現在している事に比べればカワイイもんでしょ?それに日本も、欧米列強に倣い「植民地政策」を推進していた過去があるワケですから…

エラそうなことは言えませんw。

 で、「紅巾の乱」と「フランス革命」に何の繋がりがあるのか?年代的には「紅巾の乱」が1351 – 1366年、「フランス革命」が1789 – 1794年の出来事で、約430年の時間のズレがあるふたつの出来事の間に接点はなさそうですが…今回はここまでにしてまた続きを書きますw(ヒントは「赤い帽子」)。
 
フランス革命 – Wikipedia
 
 
 
 
でわっ!
 
 
追記:

 孫文は「辛亥革命」を成功させ「中華民国」を建国すると、「明」の初代皇帝「朱元璋」の陵を訪れたとのコト。「辛亥革命」=「紅巾の乱」という意識でもあったんですかねw?
 
朱元璋 – Wikipedia
 
 

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