挑戦者、出て来いやw!

 都知事選に「ワタミ」とかいう企業の社長が立候補するそうですが…

東京を経営する

…というスローガンを目にして、都民のみなさん(江戸っ子)はどう感じるのでしょうか?彼が都知事になった暁には、ワタシたちは東京都という「会社」の「社員」か何かになるワケですか?

ワタミ渡辺美樹の都知事選「企業経営を政治に」の危険度
J – CAST TV 2011/2/16 13:21

ワイドショー(スッキリ!!)のコメンテイター、渡辺美樹があと2か月ほどで来たる都知事選に無所属で立候補を表明した。渡辺はコメンテイター業のほか、居酒屋チェーン「ワタミ」創業者兼CEOも長年つとめ、学校や介護などの事業も手がけてきた。

出馬表明では「経営を政治に持ち込みたい」と言い、「東京を経営する」が売り文句。「経営」者としての実績をとにかく売っていく方針らしい。政策的には、高齢者が1人も孤独死したり、自殺しない福祉の充実した東京を目指していくそうな。

コストカットや合理化だけ…

しかし、「経営」を全面的に打ち出す姿勢には、スパモニコメンテイターからクレームが出た。「あんまりケーエー、ケーエーって言わないほうがプラスになるのでは」と言うのは山田道子・サンデー毎日編集長。近頃の「経営」はコストカット、合理化などと結びつき、冷たい印象を与える。また、「経営」の行きすぎを見直そう、雇用を増やそうというのが世の中の風潮だからだそうな。

ジャーナリストの大谷昭宏は「福祉と経営ってのは、なかなか相反する部分がある」と、売り文句と政策を両立させることの難しさを指摘していた。

 ワタシは大いに違和感、嫌悪感を感じますw。如何なる共同体…「村」であれ、「町」であれ、「市」であれ、「区」であれ、「都道府県」であれ、「国」であれ、共同体の根幹は「互助意識」に他ならず、そこに「企業意識」=「利益追求」を持ち込むことは共同体の崩壊に繋がります。

 強い者もいれば弱い者もいる。それが共同体であり、そこに競争原理を持ち込んで強い者だけが生き残る社会や都政を目指すという立候補者を、ワタシは受け容れることはできません。(と言っても現在ベトナム在住ですが…)

 時は今あたかも「下克上」の時代の如く、旧来の権力システムは揺らぎつつあるワケですが、それに「引導」を渡せるか否かはワタシたちの意識次第です。心ある都民であれば…

我こそは!

…と、是非!都知事選に名乗りを挙げて欲しいものですw。

 政治の知識・経験なんて有ろうが無かろうが、庶民の声を真摯に受け止める知事であれば、市井に身を潜めている有能な人材が、必ずや任侠心を発揮して助っ人に現れるでしょ?官僚なんかに頼らなくても人材には事欠かないハズ。星の数ほどいる庶民のひとり一人が個性と才能を持っており、いわば有機的な「巨大データベース」のようなもの。その「巨大データベース」を活かすも殺すも、共同体への帰属意識…「共感」が持てるか否かにかかっています。

 「東京を経営する」だなんて、金融資本主義者が口走る台詞であり、金融資本主義が現代人の心を如何に歪めてしまったか?「地域共同体」をどれだけ破壊してしまったか?グラミン銀行の例からも明らかです。

 先のエジプトの「革命サギ」にしても、中東に伝染しつつある新たな「革命サギ」にしても、「民主化」という美辞麗句の根本には、生活に困窮する庶民の不満の爆発があり、で、そうした不満を作った元凶は独裁政権だけの責任ではなく、体制に寄生して甘い汁を吸う「金融資本」の方が、より現実的な貧富の格差の原因と言えます。資本主義だろうと共産主義だろうと…

庶民が「庶民の生活」をまっとう出来る社会

…であればワタシは一向に構わないと以前に書きましたが、ひとつだけ確かなことは、「金融資本家」たちは庶民を食い物にすることしか考えてない…という事。

 そういった類の人間に東京を任せるワケにはいきません、東京ローカルの人間としては。となれば…

挑戦者、出て来いやw!

…と、都知事選に立候補する強者(つわもの)登場を、遠く異国の地より切に願う次第です。はい。
 
 
 
 
でわっ!
 
 

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