優生学=人種差別のルーツとは? 3

 昨年の「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 「その2」からだいぶ時間が空きましたが、優生学≒人種差別についておさらいすると、まず第一に「黄渦論」が欧米で勃興し、その原因および背景として考えられるのは…

極東の島国=「ジパング」に棲む人種は欧米人に匹敵もしくはそれ以上の能力を秘めている

…と、来日した宣教師や貿易商が本国に報告したのに加え、「日露戦争」に日本が勝利したことでそのポテンシャルが証明され、欧米に警戒心が芽生えたというコト。

 そもそも個体の優劣と「種」とは別問題であり、「環境の変化に適合可能な個体が生き残る」というのが当初のダーウィンの主張であり、それを「アーリア人種は優れている」などと捻じ曲げたヒトラーはナンセンスだどいう話。

 ヒトラー(ナチス)を支援したアメリカ優性学会も同様に「本質」を捻じ曲げ、「人種差別」の大義名分として「優生学」なる似非科学を利用したワケです。

 「優生」の「優」が意味するのは「種」として優れているというコトではなく、環境変化の適合性において「優れている」というコトだとワタシは受け取っています。
 
進化論 – Wikipedia
 
 で、「優生学」のルーツを遡るとギリシャの哲学者プラトンに辿りつくワケですが、何故プラトンがこうした考えを持つに至ったのか?当時の時代背景やプラトンの人と成りを調べてみるに…
 

プラトン – Wikipedia

1. プラトンは紀元前427年、アテナイ最後の王コドロス(Codrus)の血を引く貴族の息子として、アテナイに生まれた。

2. 若い頃は政治家を志していたが、やがて政治に幻滅を覚え、ソクラテスの門人として哲学と対話術を学んだ。
 
3. 紀元前367年、恋人であったディオンらの懇願を受け、生涯に2回目となるシチリア島のシュラクサイへ旅行した。シュラクサイの若き僭主ディオニュシオス2世を指導して哲人政治の実現を目指したが、着いた時にはディオンは追放されており、不首尾に終わる。

 
…というコトで、今風に言えば「ボンボン」なワケで、ガタイもよかったらしくレスリングが得意だったとか…。

 当時の「都市国家」では奴隷を持つことは当たり前で、戦争は主に奴隷と植民地の確保の手段であり、プラトンの住むアテナイはペロポネソス戦争(紀元前431年 – 紀元前404年)に破れ、一時スパルタの統治下に置かれます。

 当時23歳であったプラトンがアテナイの敗北を大いに憂いたのも、その血筋、年齢からすれば至極当然であり、そして「なぜ戦争に負けたのか」を考えた時、戦勝国スパルタの「子供の優生による選別」の結果としての強い軍隊の維持という点に着目したのではないかと?
 

先駆としての古代ギリシア優生思想

人種改良は、少なくともプラトンまで遡ることが可能である。彼は、人間の生殖活動は国家によって管理されるべきであると考えた、次のように記している。

「最も優れた男性は、意図して最も優れた女を妻に娶ったに違いない。そしてその反対に、最も劣った男性についても同じことが言える」 – プラトン(『国 家』

プラトンは選択法則に気付いて人々の心が傷つけられるのを防ぐために、偽りのくじ引きで(人為的)選択が行われるべきであると提案している。その他の古代の事例としては、虚弱な新生児を都市の外れに遺棄したスパルタの伝説的な慣行が上げられる。このスパルタの事例については、のちにエルンスト・ヘッケルも参照している。

 
 つまり「優生思想」の根源にあるのは、戦争における「軍事力(強力な兵)」の確保ではないかという話。
 

 
 プラトンといえば「イデア論」が知られていますが、弟子のアリストテレスは…

目に見えない「イデア」なる概念よりも、現実世界を観察しよう!

…と、世界を分類することを最初に始めたので、欧米では「科学の祖」と崇め奉られていますw。

 しかしそのアリストテレスにしても、アレキサンダー大王に…

「ギリシア人だけを人間として扱い、他の征服した民族は動物か植物と考える」

…ように助言したそうですから、真に科学的な見地に立って「世界を分類」をしていたかどうか疑問ですw。

 とはいっても?少なくともアレキサンダー大王にはギリシャ人を特別視する考えは無かったようで、数多の遠征の結果「ヘレニズム文化」が花開きます。

 現代に至ってなお「人種偏見」を持つ人たちは、いわばギリシャ時代(紀元前)から進歩していないのと同じで、一言で言えばバカげています。

 「自己中心的な知性」による根拠の無い「選民意識」は拭いがたいワケですが、ダーウィンが当初述べていた… 

環境変化に適合可能な個体が生き残る

…というコトを少し拡大解釈すると、社会に変化が生じた際にその変化に適合できない「社会階層」は…

淘汰される

…というコトにもなるワケで、ワタシからするとこれは「村社会」の問題にも繋がります。

 「村社会」が自らの利権に固執し社会全体の変化を拒むようだと、変化に対しての社会全体の適合性は阻害され…

生存率の低い社会

…になってしまうとういう話。

 何度でもくり返しますが、「村社会」の先にある「もっと大きな共同体」のヴィジョンが無いと、一部のワガママで「全体」が共倒れになってしまうワケですw。

 話がだいぶ飛躍しましたが、「優生学シリーズ」は今回で〆としますw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!