グラムシと反原発

 ちょっと前に「スピノザと反原発」という駄文を書きましたが、アントニオ・グラムシというイタリアの革命家をつい最近知ったので、懲りずにまた駄文を書きますw。
 


アントニオ・グラムシ-Wikipedia

 

アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci, 1891年1月23日 – 1937年4月27日)は、イタリアのマルクス主義思想家、イタリア共産党創設者の一人。

戦間期のイタリア、ベニート・ムッソリーニ政権に「この頭脳を止めねば」と危ぶまれて投獄されたが、その獄中で執筆した「ノート」で展開したさまざまな思想概念、例えば「ヘゲモニー」は、イギリスの「カルチュラル・スタディーズ」の論者や、ガヤトリ・C・スピヴァクらインドの歴史研究者らの「サバルタン・スタディーズ」グループ、そして、国際関係学のロバート・コックスやスティーヴン・ギルといった「グローバル政治経済学」などにまで大きな影響を与えている。

(後略)

 
 で、グラムシの革命理論をザックリと解説すると…

「機動戦」と「陣地戦」

…のふたつに大別され、「機動戦」とは権力奪取のための「正面突破作戦」であり、「陣地戦」とは広範な大衆の支持を得るための「浸透作戦」になります(1)。
 


グラムシ・セレクション
著者: アントニオ グラムシ
編者: 片桐薫

 
 で、この「陣地戦」という言葉に「ピン!」ときたワケです。毎週金曜日に首相官邸前で行われている「反原発集会」は、「陣地戦」の実践なのではないか?と。

 そしてもうひとつ、「ヘゲモニー論」というのがありますが、これは…
 

「グラムシの思想の第二の特徴は、彼の有名なヘゲモニー論である。グラムシによると、労働者階級は政治権力を奪取する前に文化的ヘゲモニーを確立しなければ勝利することができない、特権階級はヘゲモニー的地位を獲得し、被搾取者を政治的に隷属させるだけでなく、精神的にも隷属させている、つまり精神的支配は、政治的支配の条件なのである。(中略)文化的ヘゲモニーは、政治権力の奪取にとって本質的な前提条件なのだとグラムシはいう。労働者階級の世界観と価値体系が、政治的に同盟できる他の諸階級のものとなり、労働者階級が社会の精神的指導者になるのでなければ、労働者階級は決して勝利することはできない、とグラムシは力説している。」(2)

 
…ということで、「ナンノコッチャ?」と思われるでしょうが早い話が…

「洗脳」から解放され「自分自身」を取り戻しなさい

…という話ですw。

 労働者階級などという堅苦しい用語を使われるとアレですが、ワタシたちは紛れも無く「労働者」です。周りを見渡してみてもみんな仕事を持っていて当然で、社会は「仕事の分業」によって成り立っているのであり、それはつまり…

社会は労働者によって成り立っている

…というコト。

 「3.11」以降の日本の知識階級の劣化を目の当たりにして多くの人が「知識人」というものに疑問を抱いたと思いますが、なにも「3.11」以降に始まった問題ではなく、実はそれ以前から存在する問題だったのに何故ワタシたちがそれに気付けなかったのかというと、「考える」という行為を放棄していたからであり、「常識」=「内的ヘゲモニー」が外部から植え付けられた「洗脳」に過ぎなかったから。

 「ヘゲモニー」=「暗黙の了解」≒「無言の圧力」であるなら、「流行」を追うのも「無言の圧力」に従っているようなものであり、そして「無言の圧力」を蔓延させることが支配階級のヘゲモニーの獲得の手段なワケですから、その状態を脱却しない限り…すなわち…

大衆が文化的ヘゲモニーを主導

…しない限り、支配階級(原子力村など)には勝てないという話ですw。
 

 
 で、「機動戦」と「陣地戦」ですが、旧来のデモや学生運動は「機動戦」であり「力」に対して「力」で立ち向かうという考え方ですが、「力」で相手に勝つためには「より大きな力」が求められます。よね?
 

 
 十分なヘゲモニーが獲得できないままに勢いで支配階級と対峙するのは上の図のようなもので、よしんば「力」によって「一部」を切り崩したところで「本丸(本陣)」に辿りつくのは容易ではなく、その前に力尽きてしまうのが関の山。

 であれば文化的ヘゲモニーを確立=洗脳から脱却した人を増やすことで、「シーソー」のような「ヘゲモニーの移動」による社会構造の転換を目指す方が確実である…というのが、「陣地論」の本質であるとワタシは理解しましたw。
 

 
 グラムシの理論は本当はもっと奥が深いのでしょうが、とりあえず今はこのくらいの理解で十分かと?ま、「ブルジョアジー」だの「プロレタリアート」だのといった小難しい用語を聞くと頭がクラクラするタチなもんで…orz。
 
 要は、現在日本中で展開されている「反原発運動」はグラムシが唱えるところの「陣地戦」であり、運動に参加する人ひとりひとりが「貴重な陣地」だという話。そして「陣地」のバランスが崩れた時=ヘゲモニーの転換が起きたとき社会構造も大きく変わるワケですw。
 
 したがって闘いの手を休めず着実に「陣地」を増やしていくことが、この「反原発運動」の完全勝利=原発の即時停止と廃炉に向けた一本の道筋であり、「堅固な陣地」を築くことが何よりも優先されるワケですが、「堅固な陣地」とはすなわち…

目覚めた人

…であり、ひとりでも多くの人が「目覚める」には正しい知識を広める啓蒙が重要になるという話w。
 

 
 自分の足場(陣地)を揺るぎ無いものにする為には、「勉強」による知識の習得とその理解が不可欠です。「道具(知識)」を手に入れてもその「使い方」を知らなければ「陣地」を守る為の「防具」にはなりませんw。

 支配階級のヘゲモニー獲得機関であるマスコミおよびメディアの情報を鵜呑みにせずに「自分の頭で考える」ということが重要であり、それを実践する人間=揺ぎ無い自分に目覚めた人間ひとりひとりが「揺ぎ無い陣地」となり、社会を変革する原動力になるワケですw。
 

「すべての人間は、『政治的人間』である…。どの人間も活動的であるかぎり、つまり生きているかぎり、自己がそのなかで発展する社会的環境を改変する(特定の諸性格を改変し、他の諸性格を保持する)ことに寄与しているのである」(3)

 
 早い話が、「英雄」とか、「偉大な指導者」とかを求めていること自体が、外部から内的ヘゲモニーを操作されている=洗脳されていることの裏返しであり、「個人革命」を繰り返し述べてきたワタシとしてはグラムシのいうところの「陣地戦」に…

「同志よ!」

…と、抱きしめたい心境ですw。
 

 
 
参照:

(1) 花の雑学 三水会便り 第11回「アントニオ・グラムシの思想と現代」
2008年1月 例会幹事:伊藤 公博

(2) 『トロツキーとグラムシ』
(社会評論社・1999年)批判Vol.3

(3) 人間・個人・ヒューマニティ―再論・グラムシの人間論
鈴 木 富 久 (桃山学院大学・社会学)
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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