アラブとイスラム

 アラブとイスラムについて過去何度か言及しましたが、基本的には「世俗主義」「原理主義」の葛藤が続いているものとワタシとしては理解しています。

 今回、日揮のアルジェリア駐在社員の方々が「テロ」に巻き込まれ命を落とされたことは大変痛ましく、同じく海外在住の身として心からお悔やみを申し上げます

 と同時に、強硬な救出作戦?を敢行したアルジェリア(フランス)政府に対して憤りを覚える次第です。パリは「文化の都」と呼ばれるそうですが聞いて呆れますなw!今回のアルジェリア(フランス)政府の作戦のどこに「文化」があるのか?「武力」に頼る「蛮族」な行為でしょ?

 服だのバッグだの香水だの料理だのと、どれも「フランス文化」のレベルの高さのように語られますが、そうしたもの全てが「植民地」の犠牲を糧にして成り立っているのであれば、「フランス文化」とやらは犠牲者たちの怨みで染められ、「血の匂い」すら漂って来るようですw。

 「フランス文化」を全否定する気はありませんが、もうひとつの文化?である「革命」にしても、フランス革命後に多くの王族、貴族をギロチン台送りにしたことや、革命政権内部での内部抗争を鑑みると、フランス人は本来「野蛮」な民族性なかも知れませんw。

 フランス国民が自国の「文化レベル」=「理性」を誇りに思っているのであれば、今回の政府の行動に対して「抗議デモ」のひとつくらいあってイイように思うワケですが、そうしたニュースも聞かれず政府の判断を「是」としているのであれば「フランスの理性」のレベルも早晩、世界中から疑問視されるんじゃないの?

 もちろん事はフランスに限った話ではなく、イギリスもフランスに同調しているワケですから当然「イギリスの理性」のレベルも問われるワケですが、フランスの方がより「自信(誇り)」を持っているようなので、余計にその矛盾というか欺瞞が鼻に付くワケですw。

グローバル化が進むと各国の政治体制も似てくる

…というのがワタシの持論ですが、まさにアメリカ流…というか?政治・経済のグローバル化の流れが今回のアルジェリア(フランス)の強行作戦や自民党の「改憲」の根低に感じられ、また、そうしたグローバリズムに反旗を翻す「人間回帰」も反作用として世界的に生じるワケです。
 

 
 つまりグローバリズムによって世界中の政治体制が似てくると、同時に世界中の「善良な市民」の相互理解が深まるという話。
 
「文化的個別主義」に反対する左翼の武器・普遍主義
ヴィヴェク・チーバー (ニューヨーク大学社会学部準教授)
 
 その意味で日本における「反原発」であったり、軍国主義に向かうであろう「改憲」であったり、在日米軍の「安全保障問題」であったり、「TPP」などによる大企業優先の経済政策であったり、「不正選挙」による不適切な政治家の台頭という、国家が主権者である国民を無視することに対する反発および抗議活動は…

必ず世界に伝播する!

…と確信する次第です。

 政治・経済のグローバル化が進めば進むほど個人のグローバル化も進むというか、人種・民族を超えた…

人間の「本質」

…がクローズアップされるようになるのは、グローバリズムが「個人の幸福」という一番身近な権利さえ侵害しようとするからですw。

 で、話をアラブとイスラムに戻すと、先に述べたようにイスラム教には…というか?あらゆる宗教には「世俗派」「原理派」が存在し、ワタシが「汎アラブ主義」に肩入れするのはそれが「世俗派」に含まれるからで、一方の「原理派」は厳格な規律に「個人」を埋没させる

「宗教的グローバリズム」

…とワタシの目には映るワケで、してみると同じグローバリズム同士利害が一致する面があるのかも知れません…「イスラム原理主義」と欧米型の「グローバリズム」は。

 「スンニ派」「シーア派」の対立がイスラム教内部にあるにしても、両派が総力を挙げて抗争しているワケではなく一部の原理主義者だけが先鋭的な抗争に奔り、その他の殆どの信者は信仰に従い平穏に暮らすことを望んでいるだけ。

 エジプトではイスラム同胞団がムバラク政権を倒しましたが、「原理主義的」なイスラム同胞団をすべての国民が支持しているワケではなく、新大統領に選出されたイスラム同胞団出身のムルシー大統領にしても約半数の国民は支持しませんでした。したがって「イスラム原理主義」を抑圧した結果「フラワー革命(アラブの春)」とやらがチュニジアから始まったという見解と、今回のアルジェリアの痛ましいテロ事件の原因とは少し違うよう思えるワケです。

 いずれにせよアラブとイスラム、そして宗教的な「世俗派」と「原理派」の存在という絡み合った状況を解き解すのは至難の業でしょうし、まして「異教徒」である日本人にはほぼ不可能で、最終的にはアラブの人たち自らが「アラブの平和」の実現に向けて尽力する外はないでしょう。

 しかしワタシたち日本人も先の東日本大震災とそれに続く原発事故による被災者の方々の苦労を思えば、戦禍で肉親を失った悲しみや、日々の食料にも事欠く難民キャンプでの暮らしや、子供の将来を案じる親の気持ちや、故郷を失ったことへの絶望感などを同じ人間として「共有」できるハズ。

 似たような立場に置かれた人たちが海の向こうにもいて…

お互いシンドイけど、がんばろうや。

…という連帯感が湧けばグローバリズムも押し止められるでしょうし、そうした「がんばっている姿」を世界に示すことで、同じような立場にある人たちを勇気づけることにもなるワケですから、日本における抗議活動は一過性のもので終わらせずに「勝利の日」まで継続することが大切だというコト。

 必ず世界は「日本国憲法」…というか?人類普遍の原理=国家の主権者は国民であるというコトを共通認識として持つ時が来るでしょうし、理念を掲げる日本人であれば「新時代の魁」となるくらいの自覚と覚悟が欲しいものですw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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