歴史の歯車

 つい最近、銀行預金に対する課税で世界を驚かせたキプロスですが、ワタシを含めほとんどの日本人はキプロスについてよく知らないワケです。ちなみにキプロスは島国ですが、朝鮮半島のように「北」と「南」に分断されているって知ってました?

 ただし「北キプロス」は国際的な承認を受けておらず、したがってその名を耳にすることはマズ無いワケですが、そうしたキプロスの政治状況が見えてくると「銀行預金課税」に至るまでの経緯、そしてキプロスに「NATO軍」が駐留している理由が分かります。

 歴史的にオスマントルコの領土(さらに遡ればギリシャ)であったキプロス島は、ロシアの南下政策を警戒してイギリスと軍事同盟を結んだオスマントルコにより、同盟の見返りとしてイギリスに租借された経緯があります。
 
 イギリスとオスマントルコの軍事同盟が結ばれた1878年、エジプトのムハンマド・アリー朝は、既にオスマントルコからの独立を成し遂げていましたが、ヨーロッパの列強はエジプトの独立を認めませんでした。
 


ムハンマド・アリー朝 – Wikipedia

 
 1869年11月、エジプトの近代化を目指すムハンマド・アリー朝は、フランスと共同でスエズ運河を開通させますが、建設と維持に伴う対外債務が膨らみ、1875年にエジプトが持つスエズ運河会社の株を売却する決断をし、建設当初からスエズ運河に横槍を入れていたイギリスが44%の株を購入して筆頭株主になります。

 で、イギリスが株の購入資金を調達した先が「ロスチャイルド家」なワケですが、それはアレとして、イギリスは筆頭株主になったことで何かとエジプトに介入するようになり、そのための前線基地としてキプロス島の租借を申し出たのではのではないかと?そして1882年にエジプトで反英運動(ウラービー革命)が起こるとイギリスはこれを武力鎮圧し、エジプト(ムハンマド・アリー朝)はイギリスの保護(監視)下に置かれます。

 第一次世界大戦が終結するとキプロス島は敗戦国のオスマントルコの手を離れ1925年にイギリスの直轄植民地になります。一方、エジプトでは1919年に再び反英運動の火の手が上がり1922年に「エジプト王国」として独立を宣言しますが、保護国の立場からは開放されたものの依然イギリスの影響下にありました。

 話をキプロス島に戻すと、イギリスがキプロス島を租借する際の条件として「島で暮らすトルコ系住民(イスラム教徒)の保護」があり、第一次世界大戦後にキプロス島がイギリスの直轄植民地になるとこの条件を逆手に取って、今度は少数派のトルコ系住民を優遇することで多数派のギリシャ系住民の反感を煽り、その結果、北部はトルコ系住民、南部はギリシャ系住民という棲み分けが生じます。
 
 こうした社会状況のまま1960年に「キプロス共和国」としてイギリスから独立しますが、オスマントルコに割譲された領土奪回の機会を第一次世界大戦後から虎視眈々と伺っていたギリシャにキプロス国内のギリシャ帰属派が合流し、1963年に「憲法」を改定してギリシャへの帰属を図りますが、これにトルコ系住民が反発して「内戦」が勃発します。
 
キプロス紛争 – Wikipedia
 
 翌年、1964年に国連軍が派遣されて内戦は収束しますが、キプロス国内は「トルコ系」、「ギリシャ系右派」、「ギリシャ系左派」に分断され、10年後の1974年にはギリシャ軍部の支援を受けた「ギリシャ系右派」がクーデターを起こします。

 このクーデターは「ギリシャ系左派」であったマカリオス大統領がソ連(当時)と接近するのを快く思わないアメリカが、同氏を排除するために支援したという説もあり、クーデター部隊はマカリオス大統領暗殺を企てますがこれに失敗します。

 クーデターが勃発するとトルコ系住民の保護のためトルコは軍隊をキプロスに派兵し瞬く間に北部を制圧します。この事態にギリシャはトルコ本土への侵攻を国民に呼びかけますが、たまたま?腐敗していた政権下における武器(軍備)の横流しが発覚したことでギリシャの軍事政権はあっけなく自滅し民主的な政権に交代。

 1974年のクーデター以降、キプロス島は北部=北キプロス・トルコ共和国(国連未承認)と、南部=キプロス共和国に分かれたまま現在に至り、で、財政破綻を引き起こし欧州連合の緊縮財政を受け容れたのは、南部のキプロス共和国の方ですw。
 


キプロスの分断地図(青色部分は国連による緩衝地帯。緑色部分はイギリス軍主権基地領域

 
 2004年にキプロスの統一を図る国民投票が実施されましたが、投票に掛けられた調停案がトルコ系住民に有利であるとされ、ギリシャ系住民の78.5%が反対して調停案は否決され、ギリシャ系のキプロス共和国だけが単独でEU(欧州連合)に加盟することになります。
 
 観光資源や良港に恵まれているのは北部なので、南部はそうした「実体経済」に頼らない金融立国を目指し「タックスヘブン」としての存在をアピールするワケですが、一時的に「虚経済」によって経済発展したもののその顛末は…という話で、キプロスのザックリとした歴史を俯瞰すると…

諸悪の根源はイギリス?

 キプロスの全住民がお互いの「人権」を尊重し、昔のように?一緒に暮らすことができれば…と思うのですが、イギリスやアメリカは簡単には引き下がらないワケでしょ?なにしろキプロス島は現在内戦中のシリアの目と鼻の先でシリア攻略のために必要な陣地であり、なおかつ中東に睨みを利かすNATO軍も国連軍が撤退した後釜?として居座っていますw。
 

 
 以上の歴史的経緯を鑑みると、国家の利害関係に振り回されているキプロス住民が気の毒でもあり、イギリスやアメリカに先導されてシリア内戦に介入している連中には憤りを覚える次第ですw。
 
参照サイト:「非公認の国々」
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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