言葉を弄ぶ

 
 今朝ネットのニュースで目に付いたのが「サービス残業」という言葉だったのですが、これって…
 
タダ働き
 
…のことですよね?
 

(1)社員の妻から訴えられた「すかいらーく労組」…会社への漏洩恐れて社員は労組から離れる
2013.7.24 07:00 (1/3ページ)[karoshi過労死の国・日本]
 
…外食チェーン大手「すかいらーく」の社員だった中島富雄=当時(48)、横浜市都筑区=は平成16年8月、脳梗塞(こうそく)で死亡した。神奈川、静岡両県の複数店舗で店長の不在時などに応援に駆け回る「支援店長」。月平均130時間にも及ぶサービス残業が2年も続いた末の過労死だった。…

 
 月平均130時間=約16日(8時間労働/日)…毎月16日分も「タダ働き」させられていたというコト。この事実を「サービス残業」という言葉に置き換えて、メディアは事実の重大性を誤魔化しているワケですよ。
 
 実はつい最近、父親が過労死をしたという人と話す機会があって、彼はそのことがあって会社に対する「忠誠心」のようなものは持てず、何度も職場を変えているそうでした。
 
 彼自身は決して怠け者というワケではなく、労働意欲が有るが故に職場を変えながらも働き続けているワケですが、ワタシからすると、いっそ個人で事業を始めたほうがイイのでは?…とも思えます。しかし個人で仕事をすることが如何に大変かはワタシ自身が身を以って痛感しているので、気安く薦めることもできませんw。
 
 もどかしいのですが、こればっかりは個人の才覚によるのでどうしようもありません。で、話を戻すといつから日本では「タダ働き」を…
 
サービス残業
 
…などという「姑息な言い回し」で誤魔化すようになったんですかね?
 
 ま、ワタシにしても?「サービス残業」という言い回しを無自覚に受け入れてきたワケですから、「過労死」の関係者に出会わなければ、この先も考えてみる機会は無かったかも知れません。
 
 そこで思い返してみると、言葉の「すり替え」は現代社会に頻繁に見られることに気付かされます。
 
 「売春」⇒「援助交際」であり、「事故」⇒「事象」であり、「タダ働き」⇒「サービス残業」と言い換えられて、その顕著な例は東京電力が発表する、福島第一原発事故の事故処理および現場報告に見られます。
 
 この言葉の「すり替え」の意味するトコロは…
 
現実を直視ししたくない!
 
…という「心理」の表れに思え、しかもそれが社会に広く蔓延しているワケですから、社会全体として「現実」を直視することを無意識に?拒否しているということなんでしょう。
 
 帳簿を「粉飾」すれば会社にとって不都合な現実を隠蔽することができ、おそらくそれは「会社」にとっても、「社員」にとっても、「株主」にとっても、「銀行」にとっても…「好ましい」ことなんでしょう。
 
 社会全般についても同じで、この現実を直視しないという態度は所謂「日本人の美徳」のひとつとされる…
 
和の精神
 
…とやらに拠るものなのかも知れません。
 
 しかし?「和の精神」を尊ぶことと、「不都合な現実を直視しない」ということとは「全く別問題」であって、不都合な現実への対処を先延ばしすることでその場を「丸く収める」といった…
 
現実逃避
 
…に過ぎません。よね?で、そうした「現実逃避」を繰り返していて、会社や社会が良くなるとでも?
 
 良くなるワケがありません。もちろん?未来は不確定要素に満たされているワケですから、「思いもかけない幸運」に助けられる可能性だって否定できませんが、一般的には事態はドンドン悪くなる一方で、世の中はそんなに甘くはありません。
 
 だいたいが「現実から目を逸らしている」のに「現実」が改善できるワケがなく、では何故?現実を直視しようとしないのか?というと…
 
責任を取りたくない
 
…という一言に集約されるのでしょう。現実を直視しそれを受け容れるということは、現実と結びついた自分の存在を肯定し、同時に現実に関与する「責任」も生じます。
 
 つまり現実を直視せず、「すり替えられた言葉」で現実を曖昧してしまうことで、「責任」の所在も曖昧になるというワケです。
 
非現実的(バーチャル)な空間、文脈、言葉
 
…を駆使することで自分が部外者であるかのように振舞えるワケで、顕著な例?が、福島第一原発の事故後にゴルフ場に降り積もった放射性物質の原因責任を、ゴルフ場オーナーが東京電力に対して求めた裁判です。
 
 この裁判では、事故後に放出された放射性物質は「東京電力の持ち物ではない」=「無主物」であると詭弁を労し、なんと!裁判所も東京電力側の主張を認める判決を下したワケですから、おそらく今後「放火犯」は存在しなくなる可能性があります。よね?
 
 先の戦争の「責任者」を問う伊丹万作氏の言い分にしても、これと同じようなことが言えます。「自分は騙されていた」…と第三者になることで現実を直視することを避ける心理は…
 
自ら進んで騙される
 
…という行為を増長させることにもなり、責任逃れによる「保身」を容認することになります。
 
戦争責任者の問題 – 伊丹万作
 
 今回の参議院選挙で自民党は大勝したワケですが、ワタシから見て「原発」を推進し、「TPP」加盟を目指し、「増税」を予定し、しかも「日本国憲法」を改憲したがっている自民党に投票する要素など「1ミリ」も無いワケですが、それでも多くの人が自民党に投票したのが不思議ですw。
 
 で、ワタシ的にはそれが「現実を直視」した上での判断であって欲しいワケで、後日…
 
騙されてましたw。
 
…などという「歴史の繰り返し」はカンベンしてくれw…と言いたいワケです。ま、「原発」で既に同じ轍を踏んでしまったワケですが、つまりそれは…
 
戦前・戦中から日本国民は何一つ進歩していない
 
…って事でしょ?
 
 それはチョッと…情けない…と思いません?「騙された」といっても、これだけ普及したインターネットは一体何のためにあるの?と。
 
 言葉は「心を映す鏡」であり、言葉を「すり換える」=「弄ぶ」のは「不誠実」であることを意味し、「和の精神」を尊ぶ本来の精神文化とは「一線を画する」のであって、まずは現実を直視し、引き受けるべき責任を引き受けた上で「無駄な争い」を避けるために…
 
角(カド)を立てない
 
…というのであれば「アリ」なんでしょうが、現実を曖昧にし、ひたすら責任から逃れるために言葉を「すり替え」て、「仮想現実」に埋没する=進んで騙されるというのは…
 
結局、わが身が可愛いだけ
 
…の自己中心的な行為であり、もし?日本人の精神性の本質がそこに在るのだとしたら、今度こそ「ソレ」に向き合い「真摯な自己反省」をしなければ…
 
「おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。」
 
…ということ。例えそれが耐え難い痛みを伴おうとも…。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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