時代の脆弱性

 
 例の海底ケーブル切断事故により、ネットが使い物にならなくなっているワケですが、こうなってみるとブレジンスキーの言う…
 
「情報はエリート層に管理される」
 
…という言葉が、身に染みて感じられる次第です。はい。
 

 
 現在、割合スムーズに接続できるサイトとそうでないサイトの差が見られ、前者は「グーグル」が筆頭であり、後者は弱小プロバイダーです。
 
 「グーグル」は資金力もあり、ブっ太い回線を物理的に確保しているワケで、不測の事態や事故により回線容量が限られていまうと、弱小プロバイダーが残された容量(回線)に集中するために、水道の蛇口をひねるのと同じ理屈で接続速度は低下します。
 
 で、問題?なのは、同じような状況は事故などが発生しなくても、「通信回線」を抑えている企業が回線の蛇口をひねれば発生するということです。
 
 すなわちブレジンスキーが言うように、「エリート層」が通信回線を物理的に支配している以上、「情報」は簡単に操作されるということです。
 
 デマプロパガンダに頼らなくても、情報を遮断したり選別することで簡単に社会を操作することが可能であり、それは取りも直さず「情報」というものを「当たり前」のように考えてきた、「現代社会の脆弱性」に他なりません。
 
 「特定秘密保護法」が成立したことにより、「ステルス領域」=ネット上の言論が攻撃対象になるだろうと言ったのは、このことなワケです。
 
 「特定秘密保護法」が成立するとタイwホされるかも知れないからといって、早々にブログを自主閉鎖した「賢明」な方々もいますが、タイwホなんて目立ったことは最後の最後にすることで、「反体制的」と見做すブログなどをネット上で抹殺…とまではいかなくても、人為的に常時繋がり難い状態に「設定」し、人知れず葬り去るなんてカンタンなことなワケです。
 
 つまりネットそのものも「エリート層」の所有物であり、その中で「自由」だの「人権」だのを叫んでいるのが、所謂「ネット言論」の現実的な姿だということです。
 
 この現実を理解した上で、「自由」「民主主義」の闘いをどう展開させていくのか?
 
 その答えのひとつは、「人間同士のつながり」でしょうし、数の上では?圧倒的に「少数派」である「エリート層」にしてみれば、それを一番恐れるでしょう。
 
 その点で、「デモは無力だ」…と揶揄する人もいますが、とりあえず人が集まるだけでも「情報」の交換であるとか、インターネットとは別な情報網の構築という目的からすれば、十分に意味のあることだと言えます。
 
 チェ・ゲバラも言ってますが、“人は一人では弱い存在であるから、力を合わせなければ独裁者には勝てない”…という言葉は、ネットで「繋がった気になっている」多くの人に向けて、今なお色褪せていないように思えます。
 
 人と人が、「手に手を取って」繋がっているのか?…それとも「他人の仲介」で繋がっているのか?というと、他人の仲介で繋がっているのがネット社会の現実であり、人間同士が手を取り合って繋がることができるような…少なくとも国民が、一切の物理的制約を受けることなく、公平に利用できるネット環境の構築が求められるワケで、つまり、国民の出資による「国営ネットプロバイダー」の設立なくしては、日本に真の言論の自由は育たないのではないか?と。
 
 ま、そういうワケで相変わらずネットの接続状況も悪く、最近ネットから離れて生活しています。
 
 一番の問題は「ロシアの声(V.O.R.)」がゼンゼン開かないことで、どうもロシア発信ではなく、日本国内にサーバーがあるようです。
 
 繋がり難い状況のせいで逆に見えてくるものもある…といったカンジですw。
 
 で、これが本年最後の記事になると思いますので…
 
みなさん、良いお年をお迎えください。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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