忌部氏と妙見信仰

 807年に忌部氏の末裔である「斎部広成」が撰した「古語拾遺」によると、古来、中臣氏と忌部氏は対等の祭祀氏族であったのに、中臣(藤原)氏が台頭して忌部氏の地位が低くなってしまったのを嘆き、忌部氏の地位向上のために同書を時の平城天皇に上奏したとのコト。
 
古語拾遺 – Wikipedia
 
 歴史的経緯を振り返ると、「仏教」を受容する蘇我氏とそれに異を唱える物部氏と中臣氏が対立した際に忌部氏は蘇我氏に付くのですが、後年「乙巳の変」で蘇我氏宗家が滅ぼされると忌部氏の力も衰えるワケです。
 
乙巳の変 – Wikipedia
 
 ところで「仏教」の亜流?のひとつである「妙見信仰」ですが、関東では千葉県の県名の由来である「千葉氏」が深く信仰していました。
 

千葉神社 – Wikipedia
 

 
略縁起

千葉氏の守護神である妙見菩薩を本尊とする寺院(千葉妙見宮)として建立され、千葉氏の祖平忠常の子覚算大僧正によって伽藍が整備されたと伝えられる。以降千葉宗家のみならず千葉氏一族の信仰が篤く、千葉氏宗家の元服は代々この寺で行われた。また、千葉常胤の案内で同寺を参拝した事で知られる源頼朝からも手厚く保護されていた。

 
 「アワ」という地名が太平洋沿岸各地に「マーキング」されていることについては以前にも触れましたが、その最北端?が房総半島の「安房」であり、前述の『古語拾遺』には阿波忌部氏が房総に上陸し「麻」の栽培を伝えたと記されていることから、「妙見信仰」も同時に伝わった可能性が考えられます。
 

天富命,更求沃壤,分阿波齋部,率往東上,播殖麻穀。好麻所生,故,謂之總國,穀木所生,故,謂之結城郡【古語,麻謂之總,今爲上總下總二國,是也】。阿波忌部所居,便名安房郡【今安房國,是也】。天富命,即於其地立太玉命社,今謂之安房社,故,其神戸有齋部氏。又,手置帆負命之孫,造矛竿,其裔,今分在讚岐國,毎年調庸之外,貢八百竿,是其事等証也。

「天富命」は、更に肥沃な地を求め、阿波斎部を分け、率いて東に上り往き、麻と穀物を播殖した。麻を生育する好所なので、故に、これを「総国」といい、穀物や木が生育する所なので、故に、これを結城郡という(古語で、麻を「総」といい、今の「上総・下総」の二国が、これである)。阿波忌部の居所は、その名を用いて安房郡(今の「安房国」が、これである)。天富命は、即ちにその地に「太玉命」の社を立て、これが今の安房社であり、故に、その神戸(氏子)に斎部氏がある。又、「手置帆負命」の孫は、矛と竿を造り、その後裔は、今は讃岐国に分かれて在り、毎年の調庸の外に、八百の竿を貢ぐのは、このことの証である。

『古語拾遺』 – より

 
忌部氏 – Wikipedia
 
 で、忌部氏と妙見信仰の繋がりですが、「崇仏派」の蘇我氏に与していた忌部氏が「妙見信仰」=「仏教の亜流」にイチ早く接していた可能性は十分考えられます。

 朝廷の方針により仏教が日本全国に広められるワケですが、忌部氏の強力な後ろ盾となるハズだった蘇我氏(宗家)が「乙巳の変」で没落したことで、「仏教界」における忌部氏の影響力も大幅に削がれ、代わって中臣氏が台頭したというコトなんでしょう。

 こうした時期に阿波忌部氏は四国を離れ東へ向かったのか?となると、「古語拾遺」が上奏されたのが807年で「乙巳の変」は645年なワケですから、「天富命」は神代の存在ではないというコトになりますし、「仏教公伝」が6世紀中頃であれば「妙見信仰」が伝わったのもそれ以降という話になり、550年を遡らないという理屈になります。
 
仏教公伝 – Wikipedia
 
 ちなみに「アワ」という地名はもともと「粟(アワ)」の一字だったそうで、元明天皇の時代に全国の「風土記」編纂の令が発せられると、地名を「二文字」で表記することになり「阿波」、「安房」の字が充てられたようです。
 
元明天皇 – Wikipedia
 
 つまり元明天皇即位(707年)以前に「アワ」の地名は存在し、「乙巳の変(645年)」の後に「粟(アワ)」を逃れた忌部氏(天富命)が東に移動しながら「アワ」の地名を各地に残していったことになりますが、「地名」の命名はその地に初めて足を踏み入れた一族や、その地を支配する豪族に因むものが多く、650年頃に忌部氏が立ち寄った地に先住氏族はいなかったのか?という疑問も生じます。

 もしくは忌部氏の祖先の足跡が既に残されていて、後に子孫がそれを辿って東に移動したとか?

 ただしそうなると「乙巳の変」以前に移動したコトになり、少なくとも550年頃の「仏教公伝」の後の約100年間の間に移動したことになりますが、いずれにせよ「天富命」という神話の存在とは矛盾します。

 考えられるのは、後世の出来事を「神話」の中に詰め込んだ可能性ですが、「忌部氏の阿波脱出(仮)」と「古語拾遺」の間には150年程度のタイムラグしかなく、「神話」にデフォルメするにも「最近」すぎて無理があるような?

 ワタシが拘っているポイントは「星神香々背男」が星の神だというコトで、つまり「妙見信仰」と関係があるのではないか?というコトと、それに関連して「日本書紀」に現れる「天津甕星」=「星神香々背男」とは忌部氏(天富命)なのでは?という気がするからです。

 「忌部氏」が朝廷から排除されたコト、「天津甕星」が高天原から排除されたコト、「阿波」=「安房」、「天津甕星」と「妙見信仰」…バラバラの「ピース」が渾然一体となってパズルの答え=「ある結論」に導くような気がするからです。

 ところで「大麻」というと直ぐに「麻薬」とか「ヒッピー」とかを連想しますが、なんでも「大麻」の織物は「黄金色」に発色するらしく、それ故に古来より「皇室」に献上されているそうです。
 


陰干ししている麻は鮮やかな黄金色を呈する

 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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