女子高生集団ヒステリーのスピリチュアル的解釈

 無宗教のワタシが言うのもアレですが…

女性は霊の拠り代になりやすい

…というのが、古代からの洋の東西を問わない認識であり、西洋では魔女、東洋では巫女として、過去、歴史の主役だった時期もあります。

 欧米では現代においても「聖母マリア信仰」などの形でその痕跡は留められており、日本にしても、「卑弥呼(日向子)」を筆頭に?女系天皇の活躍が語られています。

 で、なんで急にこんな話になるかというと…

これです↓
 

福岡で女子生徒26人が体調崩す 集団的パニックか?

 福岡県柳川市の私立柳川高校は30日、1年から3年までの女子生徒計26人が相次いで体調を崩したため臨時休校とした。叫び声を上げた生徒もおり、同校は集団的にパニック状態になった可能性があるとみているが、原因は不明としている。

 同校によると、同日午前10時前、1年の女子生徒1人が授業中、突然叫び声を上げてうずくまり、動けなくなった。同じクラスの2人も相次いでうずくまり、その後、様子を見に来たクラス外の生徒らも同じような症状になったという。顔が青ざめていた生徒もいた。

 体調の悪くなった生徒は保護者に付き添われるなどして全員帰宅したといい、同校は1日以降、容体を確認する。

 同校はこの日午後1時すぎに臨時休校とし、1日も休校とする。森繁光副校長は「原因は不明だが、学校としてきちんとケアをしなければならない。今後、生徒から話を聞いていきたい」と話している。

 学生の集団パニック状態について、精神科医の香山リカさんは「多感な時期は、オカルト的な話題などを発端に、過度な緊張や不安が伝染しやすい」と指摘。「発端となった話題や人物から距離を置くしかないが、現代はツイッターなどでうわさが拡散してパニックが強まりやすくなっている」と話している。

スポニチ [ 2014年6月30日 21:28 ]

 
 コレだけのニュースであれば特に気にも留めなかったのですが、別なソース(2ch)で、前日だか2日前だかに「英彦(ひこ)山」に遠足?に出かけたというのを目にして…

ムムムムムっ?!

…となったワケです。
 

英彦山 – Wikipedia

歴史

英彦山は羽黒山(山形県)・熊野大峰山(奈良県)とともに「日本三大修験山」に数えられ、山伏の坊舎跡など往時をしのぶ史跡が残る。山伏の修験道場として古くから武芸の鍛錬に力を入れ、最盛期には数千名の僧兵を擁し、大名に匹敵する兵力を保持していたという。

 


僧兵 – Wikipedia

 
 Wikipediaではスッポリと抜け落ちていますが、古代日本史をカジったことがある人なら、同山が「神武天皇」と深い関わりを持つ山であることは周知の事実です。
 

北九州での神武天皇の痕跡

2.英彦山

天忍骨尊は、八角の三尺六寸の水晶石の上に天降って鎮座し、尊が天照大神の御子であるので、この山を「日子の山」から後に、「彦山」と呼ぶようになった。…

 

 

英彦山神宮HP

御由緒

英彦山は、古来から神の山として信仰されていた霊山で、御祭神が天照大神(伊勢神宮)の御子、天忍穂耳命であることから「日の子の山」即ち「日子山」と呼ばれていました。

嵯峨天皇の弘仁10年(819年)詔(みことのり)によって「日子」の2文字を「彦」に改められ、次いで、霊元法皇、享保14年(1729年)には、院宣により「英」の1字を賜り「英彦山(ひこさん)」と改称され現在に至ってます。

英彦山は、中世以降、神の信仰に仏教が習合され、修験道の道場「英彦山権現様」として栄えましたが、明治維新の神仏分離令により英彦山神社となり、昭和50年6月24日、天皇陛下のお許しを得て、戦後、全国第三番目の「神宮」に改称され、英彦山神宮になっています。
 
御本殿(上宮)

神武天皇が御東征の時、天村雲命(あめのむらくものみこと)を遣わされて祀られたと伝えられていますが、社殿ができたのは、崇神天皇41年と言われてます。

現在の社殿は天保13年(1842年)に、肥前藩主鍋島斉正によって奉建されたものです。

 
 もともとは、「大国主命」「宗像三神」とともに英彦山の山麓を開墾したらしいのですが、後に天降してきた「天照一族」の「天忍穂耳命(天忍骨命)」にその土地を譲った?際に、今までの「日子山」から「彦山」に名を改めたということで、時間軸の不整合を取り払って要点だけを見れば、「国譲り」のような話になります。
 

民族学伝承ひろいあげ辞典

忍骨命

かのウイキペディアでさえ掲載がない神であるので、僭越ながら記事にする。

正確には天忍骨命(あめのおしほねの・みこと)
福岡県田川郡香春町の香春神社祭神三柱のうちの一柱
母神は息長帯姫大目命(おきなが・たらしひ・おおまの・みこと)

母神の名はあきらかに神功皇后から創出された、あるいは逆にこの神が先か?
大目で鉱物を表すから、おそらく香春岳の鉱物を指す修験・鉱物の名。
忍骨はちょうど記紀の天孫降臨神話で出てくるニニギノミコトの父親である天忍穂耳命(あめのおしほみみの・みこと)に非常に音読が似る。

「骨」から、香春岳に産出する竜骨…海生動物(貝類・サンゴなど)のカルシウムを思わせる、事実、かつて香春岳には竜の骨…恐竜の骨?が出るとされ、骨成分も含まれるか?かつては銅山があったが、現在はほとんどが石灰に。

対面する九州修験の本山である英彦山(ひこさん・かつては彦山表記だったが、皇室から名誉の称号「英」を頂戴)の祭神が天忍穂耳命であるので、こっちは記紀成立後の神を置いたと考えられるが、この一帯が修験道の聖地であることから、おそらくこの神は修験者が創作した香春岳の神

神功皇后も天忍穂耳も、およそ天孫関係はみな半島渡来を匂わせる。豊前一帯は加耶経由の秦氏が入ったところで「秦王国」の一角であろうから、修験そのものも半島南部から来たものと考えられ、神功皇后もここから生まれたのであろう。それは宇佐に八幡神=応神天皇が置かれる前の話である。

応神天皇の河内王朝が半島から来たことを隠すために、つなぐ役目の母神・神功皇后を、在地の女神から創作したことは十二分に考えられる。

ちなみに香春岳のもうひと柱の神は豊比売神。豊は地域名で玄界灘の海人が好む地名である。

 
 ざっくり言うと、北九州周辺は古代日本の胎動期の舞台なワケで、柳川高校の女子生徒が現代において ”神懸かった” ということに、しかも「英彦山」に登った後でとなれば、古代史マニア?のワタシとしては…

過去の因縁と未来のへの啓示

…を感じずにはいられませんw。

 もちろん、「良い意味」での啓示ではなく、「集団的自衛権」により、日本国民を再び戦争に巻き込もうとしている現在の政治状況に「警鐘」を鳴らす、ワタシたちの祖先からのメッセージとしか受け取れませんがw。

 ま、無宗教ではあっても、「見えない大きな力」に対しては謙虚なもので、つい、書いてみたくなった次第ですw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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