同じ釜の飯

宮本エリアナさん「日本と世界から人種への偏見をなくしたい」【ミス・ユニバース日本代表】
The Hufffinton Post | 執筆者:Kosuke Takahashi
投稿日: 2015年05月09日 09時42分 JST 更新: 2015年05月09日 18時54分 JST
 

 

ミス・ユニバース日本代表に選ばれた宮本エリアナさん(20)は、長崎県佐世保市の出身で、日本人の母親とアフリカ系アメリカ人の父親を持つ。ハーフとして初めて日本代表に選ばれた彼女は「日本と世界から人種への偏見をなくしたい」と訴えている。

宮本さんは5月1日、ハフポスト日本版のインタビューに応じ、ハーフが日本代表になったことがないと聞き、ミス・ユニバースへの出場を一度は見送っていた。しかし、2014年春に自分と同じハーフの友人が、自らのアイデンティティを見つけられず、悩んだ末に自ら死を選んだ。それをきっかけに「ハーフへの偏見や差別をなくすためにも出場することを決意しました」と話した。

ミス・ユニバース日本代表に選ばれた後、「ミス日本は両親が日本人でなければ」などと一部で批判の声が出たことについては、「日本で生まれ、日本で育っているのに、日本人ではないのであれば、ハーフの私たちは何人なのでしょう?」と指摘した。「国内外のメディアが、私のことを多く取り上げていただければ、人種問題について問題提起をする良いチャンスになると考えています」と抱負を述べた。

 

 
ナンなんだかなw?

 「人種偏見と闘います!」的な?モチベーションて…

どwなのよ?

…という気がしないでもないワケで、いうなれば日本人が「人種偏見」をしているのでそれを改めさせます!と意気込んでいるワケでしょ?でもジッサイ日本人てそんなに「人種偏見」してます?

 例えば?織田信長には「ヤスケ」という黒人従者がいましたが、奴隷や見世物のよう扱われていたワケではなく、アメリカの黒人奴隷制度に比べたら「天と地」ほどその待遇に差があったワケで、歴史的に見て日本人には「人種差別」というか?「偏見」は一般的ではないように思えますし(三浦按針の例も)、そんな元々無いものを…

撲滅します!

…と意気込まれても「ナンだかなw?」という想いが先にたち、そういうことなら…

「アムネスティー」とかでやればイイんじゃないの?

…と醒めた目で見てしまうワケですw。
 
アムネスティー・ジャパン
 
 まずミス・ユニバースにエントリーする前提として「自分の美貌に自信があった」ワケでしょ?「ミス・ユニバース」とか「美人コンテスト」とか全般に言えることですが…

自分の容姿を売り物にするワケでしょ?

 で、容姿をランク付けするなんてそれこそ「人種」を越えた容姿に対する偏見の増長になるんじゃないの?

 少なくともワタシにはそう思えるワケで、そうした下世話なモチベーションがありながら「人種偏見云々」と言われてもクドいようですが…

ナンだかなw?

…というのが正直な感想なワケで、自分の容姿を「人種偏見」というフィルターを通さずに認めて欲しいというコトであれば最終目的は…

自分の容姿を認めてもらうこと

…であり、そのためには「人種偏見」が邪魔になるという話なんじゃないの?
 

■ 友人の死が応募のきっかけ
 
――ミス・ユニバースのコンテストに応募されたきっかけは?
 
宮本:初めて出場を考えたのは長崎事務局から2014年度のMUJ(ミスユニバース・ジャパン)に「出ませんか?」と声をかけていただきました。しかし、そのときは「ハーフの日本代表は今までにいない」と聞いていたので、出場を辞退しました。

気持ちが変わったきっかけは、2014年の春に私の友人で日本人と白人系アメリカ人のハーフの男の子が、ハーフであることを理由の一つとして自ら命を絶ってしまったことです。彼はまだ20歳でした。

彼の兄は英語が話せましたが、彼自身は英語が話せず、そのことも悩みの要因になっていたようでした。

「自分の居場所がわからない」と相談を受けていた数日後に、彼は命を絶ってしまいました。今後このようなことが二度と起きないようにするため、ハーフへの偏見や差別をなくすためにも出場することを決意しました。

 
 事務局から出場を進められたといっても、しつこいようですが、「ワタシって美人だわ」という自信もしくは自覚が本人になければエントリーすることはなかったワケで、そうした本音を友人の死というオブラートで包むのは好きになれないわw。

自分の美しさを自慢したいから応募しました!

…と開き直った方がむしろ清々しいですw。

 で、ハーフゆえに「美人」でも日本代表になれない=人種偏見であり、なおかつ代表に選ばれたことをアレコレ言うのも人種偏見であるとの考えのようですが、ビミョwにズレているような気がするワケです。
 

――3月のコンテストで日本代表に選ばれたとき、どのように感じましたか?友人やご家族からは、どのような祝福の言葉をかけられましたか?

両親とも喜んでくれました。お父さんは「おめでとう、早く会いたいよ」。お母さん「頑張りなさい、結果は考えずに楽しみなさい」と言ってくれました。お母さんは実際に会場へ見に来てくれていて、優勝したことをお父さんに連絡してくれていたようです。大会が終わり一段落した時に携帯を見ると、お父さんから「おめでとう」とメッセージが入っていました。

――宮本さんはアフリカ系アメリカ人のお父さんと日本人のお母さんのハーフですが、そうした理由で子供のころ、日本で苦労された経験はありましたか?

ゴミを投げつけて笑われたり、知らんぷりされたりしました。「色が移る」と言われて、遠足や運動の時間に手をつないでくれませんでした。プールの時間もそう言われました。日本生まれ日本育ちなのに「アメリカへ帰れ!」と言われました。小さい時、5歳くらいまでですが、なぜ自分だけ外見が違うのか疑問を感じていました。1歳の頃に両親は離婚し、父はアメリカに帰っていたので、家族の中にも肌の色が違うのは自分だけだったこともあります。

その頃は、ただ疑問に思うだけだったけれど、外見のせいで受けたつらい経験から、肌の色がコンプレックスに変わっていきました。当時を乗り越えられたのは、お母さんが「あなたの肌は綺麗よ」「みんな羨ましいからそんなことを言うのよ」と、肌の色を褒めてくれていたからだと思います。また、多感な時期に私を支えてくれた伯母や祖母の存在も大きかったと思います。

自分自身を受け入れるのには時間がかかりましたが、そのきっかけとなったのは中学3年生の頃にアメリカのお父さんに会いに行ったことです。お父さんはそれまで写真でしか知らなかったんです。お父さんを見た瞬間に、言葉にはできないけれどすごくホッとして、自分のルーツを見つけた気持ちになり、そこから次第に自分を受け入れることができるようになりました。

 
 佐世保の生まれというコトで、佐世保の人ってヒドイなwとは思いますが、長崎県民の心情として「アメリカに原爆を落とされた」という思いも当然あるでしょうから、米軍関係者に対して反感を抱いていたとしても、それはそれで仕方のないことだと思うワケです。

 で、バリバリ現役の米軍軍属には敗戦国民として逆らえなくても、後ろ盾のない、立場の弱い米軍関係者にツラくあたるのは…

弱者の復讐

…であり「人種偏見」とはベクトルが違うように思うワケです。アメリカに対する鬱積した感情の捌け口にされたのではないかと?
 

――逆にアメリカの高校ではどうだったでしょう?
 
アメリカはいろんな国の人がいるので、自分らしく生活ができると思います。アメリカでは多くの人が大らかでフレンドリーでした。また、自分の意見を明確にしっかり伝える人が多いと感じました。

 

 
 アメリカ人という「人種」は存在せず、存在するのは「アメリカ国民」だけ。インド人だろうと、スペイン人だろうと、黒人だろうと、みんな一律に「アメリカ国民」です。そして「個」が単位である社会で拠り所となるのは自分自身であり、したがって競争こそが自分の存在に場所を与えてくれ、弱肉強食の自由主義に傾倒していくのではないかと?
 

■ 「日本は根本的なことが変わっていない」

――ハーフの宮本さんが日本代表に選ばれたニュースが、日本や世界で報道され各地で議論が起こりました。このことについて、どう思いましたか?

日本はグローバル化していると言いますが、まだ根本的なことが変わっていないと思います。というのは、例えば、仕事では海外の人を使うのに、いざハーフの人たちが「自分は日本人だ」と言っても否定されてしまうのです。そういったことを見ると「ハーフ=日本人」と、心からは受け入れてもらえていないのでは、と感じます。

日本で生まれ、日本で育っているのに、日本人ではないのであれば、ハーフの私達は何人なのでしょう?そして、それはつまり外国人に対する偏見につながっていると思うので、そういった認識を変えていきたいのです。

このことがわかって出場しているので、国内から批判の声があがるのは、悲しくないとは言いませんが、想定内ではあります。また、批判がないのであれば出場した意味がないとも思います。国内外のメディアが、私のことを多く取り上げていただければ、人種問題について問題提起をする良いチャンスになると考えています。

国内、国外問わず、ハーフであることで苦しんでいる人はまだまだたくさんいます。そういった方たちからメッセージが届いたり、同じ苦しみを持つ方やその親御さんから街で応援の声をかけてくださったりすることもあるので批判ばかりではないことも、力になっています。

 

 
 「人種偏見」の撲滅を挙げながら「自分は何人なのか?」と人種的アイデンティティーを求めるのもアレですな?そうした自分の意識を改めるのが先であって…

人の考えを変えたい!

…というのは「ナショナリズム」や「ファシズム」に通じるとまでは言いませんがあまり感心しませんw。
 

――現在、日本とアメリカの二重国籍とのことですね。22歳までにはどちらかの国籍を選ぶ必要が出てきますが…。

私は、生まれも育ちも日本です。アメリカの学校に通っていた時期もありますが、休みのときなどに日本に帰ってくると「あぁ、私は日本人だなぁ」とホッとしました。そんな自分のことを日本人だと思っているので、国籍は日本を選びます。

 
 日本に帰って来てホッとするのは地元嗜好=パトリオティズム=愛国心の表れであり、宮本さんが「愛国者」のひとりであることは間違いありません。しかし「愛国心」は地域限定のものであり、「人種偏見」が云々という話になると「地域性」を飛び越えてしまいます。

 そうなると「地域性」を越えた「観念」によって「愛国心」が侵害される事にもなり兼ねず…

「現実」が「観念」に飲み込まれてしまう

…という話。
 

――今後行われるミス・ユニバース世界大会では、日本代表として、どのように美をアピールしたいですか?

ハーフである私は、外見的には一般的な日本人とは少し違うので、外見よりも、内面や中身のちょっとしたことをアピールしたいです。例えば、玄関をあがって、靴をそろえるとか、靴のまま、ソファーに寝転がらないとか、そうした1つ1つをちょっとしたことですけど、伝えていきたい。誰かがお皿を持っていなかったら、その人の皿をとってあげるとか。脱いだ服をたたむとか。そうしたことを伝えたいです。

(転載終了)

 
 例えば行儀作法は文化のひとつでありこうした文化をアピール=自慢するというのは、『1984年』の著者G.オーウェルによれば「ナショナリスト」に見られる傾向で、確かに?「愛国者」からすれば行儀作法と愛国心は別問題ですw。

 G.オーウェルは「限られた範囲に対する献身的な愛情」を「愛国心」と定義していますが見方を変えれば…

土地に縛られた人間の生き様

…の肯定でもあるワケで、生まれる場所は自分では選べないという宿命を受け容れることで、自分が属する地域共同体の在り方が先ず優先されるようになり、これを日本的に表現すると…

同じ釜の飯を食った仲間

…という絆(感覚)が、「人種」という表面的な違いよりも重要になるワケです。

 生活を共にしない人間…つまり共同体の「外側」に居る人間が他者の共同体を変質させようとするのは、「ファシズム的」と言えるのではないか?

 「村の垣根を越えろ!」ということを何度か述べていますが、村(地域共同体)には「村のしきたり」といったような閉鎖性が存在するもので、そうした「狭いナショナリズム」を越えろと言いたいのであって、「愛国心」=「地元嗜好」を捨てろと言っているワケではありません。

 「村の垣根」とはいわば「愛国心」の範囲であり、それを越えるということは「垣根」を壊すことではなく、地域性を越えた普遍的な人間の生き方に目を向けることを言いたいワケで、つまりそれが…

人間回帰

…だという話になるワケですw。
 

 
 「ナショナリズム」が「観念的」に全体の統合を推し進めるのに対し、「人間回帰」は人間の肉体という普遍的存在を軸に据え、そこから全てを再構築しようという考えです。

そんなに難しい話じゃないでしょ?

 最後にザックリまとめると?宮本さんが受けたのは「人種偏見」というよりもアメリカに対する屈折した感情の投影と考えられます。ポダム…もとい、「ポツダム宣言」の条文にしても、日本の民主化を推し進めるとしながら、民主化の担い手となる日本国民を空襲や原爆で殺戮していたワケですから…

話がチガウじゃねwかっ!

…ともなりますが、「無条件降伏」したワケですから連合国には逆らえず、鬱積した思いが軍の庇護下にない弱い立場の「ハーフ(混血児)」に向けられたのは、倫理的には問題ですが、心情的には理解できるという話。

 ワタシには宮本さんの意気込みは空回りしているように映り、もちろん「人種偏見」はよくありませんが、一般的な日本人が「人種偏見」に満ちた国民性だとは思えないというコトと、時に「愛国心」は「ナショナリズム」にとってジャマな存在になるので、「ナショナリスト(ファシスト)」は「愛国心」を無効化することを目論むだろうし、そのために「日本人」という現実的(人種的)なアイデンティティーを否定して国家が管理する「国民」が求められるようになるだろうという話。

 「ナショナリスト」≒「ファシスト」を甘く見てはいけません。G.オーウェルが言うように彼らは自己欺瞞の繰り返しによって精神を鍛え上げているので、その「モチベーション」は倦むことなく、また、伊丹万作氏「たやすくだまされる日本人」の精神の脆弱性を嘆いていますが、「ナショナリスト」の精神的強さが相当なものであるもの事実。

 「ナショナリスト」≒「ファシスト」はあの手この手で国民精神を篭絡しようとするでしょうし、その一環として「芸能人」や「御用学者」をスポークスマンとして起用するワケで、今回の「ミス・ユニバース」の件にしても…という警戒心は怠れません。

 「アイデンティティー」の瓦解は「人種」だけに留まらず、LGBTを国を挙げて推奨?して家庭という単位さえも破壊し、日本人ひとりひとりを孤立させる方向に向かう可能性があるというコト。

 さらに言えば…
 
国民総背番号制 – Wikipedia
 
…の導入で国民ひとりひとりを家畜のように管理する体制は整いつつあり、ここまで書くと「陰謀論」じみてきますが全ては今現実に起きているコトですw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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