「民主主義」の敵

 
 小難しい話は抜きにして、「民主主義(ワタシとしては「主義」という言葉はアレですが、便宜上)の敵」とは、こういう「痴識人」のことですw。
 

【BLOGOS】 太鼓を叩いていた子達に「民主主義」と「民主主義の敵」を教えよう
森口朗 2015年09月19日 00:00
 
幼児は太鼓を叩くのが好きです。大声で奇声を発するのが好きな子もいます。最近国会前で太鼓を叩いていた子達は幼児ではないみたいですが、「民主主義って何だ」と奇声を発していたので、教えてあげようと思います。
 
 皆さんのお近くにあの子達の仲間がいたら、是非教えてあげてください。
 
1 「民主主義」とは、意見の違う相手の立場を尊重することです。
 
ですから「平和安全法案」を勝手に「戦争法案」と呼ぶような人達は民主主義の敵です。
 
与党の人達は、万が一心の中で思っていたとしても、国会の議場で民主党や共産党、社民党の人達を「売国奴」とは呼びませんし、山本太郎氏を「低能」とも呼びません。少なくとも、国会は民主主義の実現を目指す場だと心得ているからです。
 
2 「民主主義」とは、いきなり自分の考えを押し付けるのではなく、相手との妥協点を探ることです。
 
 ですから、国会で多数派を占める与党を基盤にする政府法案を、気に入らないからといって妥協点を見いだす努力もせず「廃案!廃案!」と叫ぶ人達は民主主義の敵です。
 
 与党の人達は、「次世代の党」「日本を元気にする会」「新党改革」の人達の主張を付帯決議に取り入れるという形で妥協を図りました。これが民主主義です。また、「次世代の党」他の人達もイデオロギーを超えて、修正案を練り上げました。これが民主主義です。
 
 SEALDsの皆さんが「帰ったらご飯を造って待ってくれているお母さんがいる平和を守りたい」と訴えた時に、その訴えが気に入らないと批判した上野さんとかいうおばさんがいたでしょう。ほんのささやかな違いが許せない。そういう人が民主主義の敵です。
 
ちなみに、平和安全法制は、そういう皆さんが願う平和を未来に向かって守るために造られたのです。
 
3 「民主主義」とは、妥協点を見いだせなかった時には多数決で全体の意見を決めることです。
 
 人間ですから、いくら話し合っても妥協点を見いだせないこともあるでしょう。そういう時には、人の値打ちは皆平等ですから、全員が平等に同じ1票を持って多数決で意見を決める。それが民主主義です。
 
 100時間も話し合ったのに、暴力で多数決(国会では採決といいます)を妨害した人や、自分達が通路を通せんぼしているのに、それを退けようとしたら「セクハラ、セクハラ」と叫んだおばさん達がいたでしょう。あれが民主主義の敵です。
 
4 「民主主義」とは、多数決で決まった意見に皆が従うことです。
 
 中東でデモをして選挙が行われた時に「アラブの春」と喜んでいた人がいたでしょう。だけどデモによって選挙を実現した人は、自分の気に入らない選挙結果に従わず暴力で抵抗しました。そして、今アラブ世界から大勢の難民がヨーロッパに押し寄せています。
 
 皆さんと一緒にデモをしたおじさんおばさんが、もし「こんな国会議決に従えない」と叫んだとしたら、その人達が民主主義の敵です。
 
もちろん、日本は民主主義の国であると同時に立憲主義の国でもありますから、裁判で平和安全法制の違憲を争うことは問題ありません。しかし、万一、自己判断で違憲だから従う必要がないと言い出したら、その人達は民主主義だけでなく立憲主義の敵でもあります。
 
結論:わが国では、あなた達が呼び捨てにしていた総理大臣や、その仲間達が民主主義を体現しているのです。そして、あなた達をちやほやして、代表を国会にまで呼んでくれたおじさん、おばさんこそが民主主義の敵です。
 
判ったら、もう法律は成立したのですから、明日から頑張ってお勉強

 
お前もなw!
 
…と、ブラックデビルなら言うところですが、ま、それはさて措き、SEALDsのプラカードが横文字なのを見て…
 
アメリカにかぶれている!
 
…と、見当違いな批判をして大恥をかいた、漫画家の小林よしのりと同レベルの…
 
パープリン
 
…ですなw。orz
 
 まず、「敵」「味方」という対立を煽る手法は、使い古された植民地支配の常套手段。してみると、筆者は支配者側に立っていることを自白しているようなもの。この時点ですでにダメダメなのが明白です。
 
 権力構造に組み込まれた…もしくは望んで協力している人間の「ポジショントーク」にアレコレ論じるのも時間の無駄ですが、ま、「意見の違う相手の立場を尊重する」のが民主主義ということでもあるので、もう少し続けます。
 
 た・だ・し、「意見の違う相手の立場」と、「立場の違う相手の意見」とは、「似て非なるもの」であることをお忘れなく。若者は騙せても、ひねくれた老人はその手に乗りませんw。
 
 最初に書いたように、筆者である森口氏が「権力構造」のなかの「知識支配層」に与するのであれば、少なくとも筆者の言説は「立場の違う相手の意見」であるということ。
 

 
 で、「意見の違う相手の立場」を尊重する前提は、「同じ土俵に立っている」ということであり、かつ、すべての人が同じ土俵に立ってこそ、「民主主義」は成立するという話。その点で、国民の声を尊重しない安倍(歪)内閣はどうなのよ?ということで、筆者の論に従うなら…
 
安倍(歪)内閣こそ、民主主義の敵である!
 
…ということになるんじゃないの?もしくは「立場の違う相手の意見」は無視するということ。
 
 また、「妥協」が民主主義だとトンデモ理論を展開していますが、民主主義の政治の基本は…
 
合意
 
…です。「妥協」とは交渉時における「損益分岐点」の見切りであり、そうした流動的な「損益」を土台にするのではなく、社会を「安定化」させる手段として「合意」を優先するのが民主主義なのだということです。ザックリ言うと。
 
 また、「話し合い」によって云々とのことですが、「正しい意見」「間違った意見」が100時間討議したところで、何の意味があるのか?「安保法制」にしても、「反対するなら対案を出せ」と某大臣は息巻いていますが、
 
必要無いものに「対案」を出す必要があるのか?
 
…という簡単な答えでしかなく、「正しい」「間違い」のモノサシに照らせば、ほとんどの憲法学者が「違憲」だとしている事実は「多数決」で決めないワケ?え?
 
「民主主義は多数決に従うものだ」
 
…とおバカなことを言ってますが、「民主主義」は「民主主義」でも日本のソレは…
 
立憲民主主義
 
…であり、すなわちまっ先に優先されるのは、「国民の合意」を礎に制定された…
 
日本国憲法
 
…であるという事実を理解していないんですかね?で、日本国憲法では、「憲法違反」の法律は拒否することになっているワケですが?
 

前文抜粋
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 
 
第98条 [ 憲法の最高性と条約及び国際法規の遵守 ]
1.この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

 
 最高裁で「戦争法案」が「合憲」とされたらそれに従えというのも、大きな勘違い。憲法を制定したのは他ならぬ「日本国民」であり、国民の方が憲法より上位の「主権者」なワケで…
 
憲法判断の最終権限は国民にある!
 
…ということが「前文」に明確に示してあることもご存じないとは…
 
とんだ「痴識人」だわw!
 
 「SEALs」を「太鼓を叩いている子供」と皮肉っていますが、ワタシに言わせれば…
 
権力の「太鼓持ち」よりはるかにマシw!
 
…という話。
 

 
 ま、ワタシがあれこれ言わなくても、みんな既に分かっていることと思いますケドね…。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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