アーサー王と神武天皇

 「Sputnik」で伝説のアーサー王の城跡が発掘されたという記事を目にし、興味津々ですw!
 

英国の考古学者ら アーサー王のものとみられる城跡を発見
SPUTNIK 2016年08月04日 03:11(アップデート 2016年08月04日 03:12)
 

 
イングランド南西部のコーンウォール郡で考古学者達は、英国の叙事詩の中心的なヒーローで多くの騎士物語の主人公となったアーサー王のものとみられる中世の城跡を発見した。新聞「The Independent」が伝えた。
 

 
城跡からは、多数の陶器やガラスの欠片の他、ワインやオリーブ油を運ぶさい使用された両把手付きの壺(アンフォラ)も見つかった。これらは、城の住人が、社会的に高い層に属していたことを証拠立てるものだ。

学者らは、発掘されたものは5世紀から6世紀のものとみており、その場所には、かつて七王国時代にイングランド西南部を支配していたドゥムノニア王国の支配者の館があったのではないかと考えている。 有名なアーサー王の伝説は、まさにこの時代に関係している。

 


Cornwall (Tintagel)の位置

 
 元記事に目を通すと、アーサー王伝説には侵略者であるアングロ・サクソン人(ドイツ系)とブリトン人(ケルト系)の対立がモチーフにあり、今回の発見はブリトン人(日本でいえば縄文人)のアイデンティティー、もしくは愛国心を刺激するのではないかと?

 そしてそれがどういう波及効果をもたらすかというと…

英国のEU離脱が捗る

…というコト。おそらく多くの英国人の目には、EU=ドイツ(アングロ・サクソン)と映っているのでしょうから…。
 

Although eastern and much of central Britain had been taken over by Germanic (ie, Anglo-Saxon) conquerors and settlers from what is now Germany and Denmark, much of the west of Britain (including Cornwall) remained under native British control.
東部と多くの英国中央部が、ゲルマンの征服者(即ちアングロ・サクソン)と現在のドイツとデンマークからの入植者に引き継がれたが、西部の多く(コーンウォールを含む)はネイティブな英国人の管理下に残された
 
元記事抜粋

 
 イギリスにも日本と同じく、東西の対抗意識とかあるんですかねw?
 

アングロ・サクソン人 – Wikipedia
 
歴 史
409年にローマ帝国がブリタンニアを放棄した後、現在のデンマーク、北部ドイツ周辺にいたゲルマン人が、グレートブリテン島に渡ってきた。彼らは先住のケルト系ブリトン人を支配し、ケルト文化を駆逐した。これが英国における最初のアングロ・サクソン人である。彼らの言葉が英語の基礎となった
 
彼らはイングランドの各地に小王国を築いていった。7世紀頃には、イングランドは7つの王国(七王国)にまとまっていったが、9世紀初めには、ウェセックス王エグバートのもとで、サクソン人のウェセックス王国が強大となって、イングランド全域を支配した。それ以降、一時期はデーン人に支配され、デンマーク王の下にあった。
 
アングロ・サクソン人はその後また、イングランドを支配した。これは1066年、ギヨーム2世(=ウィリアム1世)によるノルマン・コンクエストまで続いた。

 
 伝説(神話)に埋もれていたアーサー王の存在が現実味を帯びてきたワケですが、日本でも神武天皇に関して、歴史の一部としてフツーに語られるようになりました。もちろん「神」としてではなく、イギリスに渡来したアングロ・サクソン人と同じく侵略者としてですがw。

 歴史を詳らかにすることで謂われ無き差別や、綿々と受け継がれている伝統的な支配体制を廃除し…

人間本来の可能性

…を取り戻すために、不都合な歴史であろうとそれを受け容れる理性が現代人には求められていると思う次第です。
 

 
 イギリス人にしても、アーサー王を神話の中から現実世界に呼び戻し、神話の背景を検証する必要があるんじゃないの?妙なカルト集団に支配されないためにもw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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