感情に汚染される思考

 安倍(歪)政権に対しての批判的な記事が多いLITERAですが、ま、書いているコトは…

十把一絡げ

…であって、同類の他メディアの記事内容と大差ありませんw。

 で、それをアレコレ言うつもりは無いにしても、LITERAが安倍(歪)政権批判の急先鋒というワケでもなく、特に独自性があるとも思えません。

 何が言いたいか?というと、安倍(歪)政権に対する一般市民の不満を「メシの種」にするという…

ビジネスモデル

…も確実に存在するというコトで、それが「正論」であるうちはイイのですが…

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

…という風潮に染まるようになると、安倍(歪)政権に関することは何でもカンでも「批判」の対象になり、とても「理性的」とは言えなくなるというコト。

 こうした風潮をG.オーウェルは、『ナショナリズムについて』という小論文のなかで70年前に警告しています。
 

頭で考えるだけで簡単にそういった感情を取り除くことはできないだろう。しかし少なくともそれらの感情を持っていることを自覚し、それに自らの思考が汚染されないようにすることはできる。

『ナショナリズムについて』
G.オーウェル 1945年

 
 急にこんな話をするのはLITERAで「神武天皇は実在しない」という記事を目にしたからで、ワタシの本分?である歴史分野からすると「神話」にはモチーフがあり、「神話」を作り話として無視…もしくは軽視する態度は「理性的」とは言えないというコト。
 
安倍政権が「神武天皇は実在した」を本気で喧伝、産経もトンデモ神武本出版! 神話で国民を支配するカルト国家化
LITERA 2016.11.17
 
 真摯に歴史解明に取り組んでいる人たちからすれば、神武天皇のモデルとなった古代豪族が存在したことはほぼ確実であり、その人物と現在の皇室との繋がりはアレとしても「神武天皇」の人物像は徐々に絞り込まれつつあります。
 
「邪馬台国東遷説」 – 邪馬台国の会
 
 件のLITERAの記事は「神話」を全否定することで「歴史」をも葬り去るものであり、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のように安倍(歪)政権を…

脊髄反射

…のように批判しているだけで、G.オーウェルが危惧する「感情に思考が汚染された状態」にあるという話。

 いったいLITERAがどれだけ歴史を究めたというのか?その上で「神武天皇は存在しない」と書いているのならまだしも、そうでなければ…

単なる煽り記事

…と批判されても仕方ないレベルであり、とても「知的」とは言えませんw

 トランプ新大統領(仮)の件にしても、既存のメディアが批判され反主流のネットメディアが持て囃されているようですが…

ネット上にも嘘は溢れていますw!

 「~だから」という判断基準は自分の考えを放棄するものであり、どのような情報であれ「事実確認」の手間を惜しむのは危険で、それと同時に「感情」が自分に都合のイイ情報を捜し求め取捨選択しないよう、つねに自分の「心」と向き合う必要があります。

これこそが私たちの時代に残る大変な課題である。

…と、G.オーウェルが小論の最後に結んでいるようにw。

進歩か?後退か?
 

 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!