「地元」が変われば日本も変わる!

 豊洲新市場への移転問題だとか?東京オリンピックの経費の問題だとか?地方自治体としての東京都の行政が大きく問題視されていますが、原発の誘致もしくは再稼動を望むイカレた首長がアチコチの地方自治体で幅を利かせ、ひいてはお役所仕事がいかにイイカゲンであるかを、お役所が主催するイベントにボランティアで参加して、しみじみ感じた次第ですw。ハッキリ言って…

住民を食い物にしている

…としか思えませんw。

 立場の弱い者には「権威」を振りかざしつつ、より強い権力者には卑屈に振舞うお役人の姿は、おそらく日本人の根源的な性癖の表れなのかも知れませんw。
 

 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。

 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

『戦争責任者の問題』 より

 
 昔の同級生もお役所で働いていたりするワケですが…

そんな奴だったっけ?

…と、すっかり「親方日の丸」に染まっている態度には、うら寂しいものがありますw。
 

 
 ところで全国の地方自治体には独自の「憲章」を掲げているところが多く、そんななかで地元である多摩地区の例をひとつあげると…
 

武蔵村山市 市民憲章

わたくしたちは、狭山丘陵などの歴史的自然環境を大切にし、伸びゆく本市の未来に希望をもち、太陽と緑あふれる近代都市をつくるため、市民憲章を定めます。

1 太陽と緑を大切にし、生活と自然が調和したよいまちをつくります。

1 教養を深め、情操を養い、文化の薫りあふれるまちをつくります。

1 健康で働くことに喜びを持ち、明るい家庭のまちをつくります。

1 心のつながりを大切にし、互いに尊敬し、助け合い、潤いのあるまちをつくります。

1 社会のルールを守り、自治意識を高め、平和で住みよいまちをつくります。

(昭和55年11月3日)

 
…という、いかにも「無難」=優等生的な「憲章」ですが、肝心な部分が抜け落ちていると言えます。

 で、不備な点を挙げると…
 

前文は、「わたくしたち」の主格が行政側なのか市民なのかが不明。日本国憲法では「国の主権者」は国民であることを明記している。したがって「市の主権者」は市民であり、それを明確に宣言する必要がある。

第一項は、「太陽と緑」を別格に扱うのは、自然に対する理解の欠如と言える。「日照り」が続けば農作物は多大な被害を受ける。人間はあらゆる自然条件を受け入れ、災害に対処し、そして利用してきたことを鑑みれば、特別な価値を設定するよりも包括的な視野を持つことが、武蔵村山市の発展に与する。

第二項は、「文化の薫りあふれる」という抽象的な表現は、目標としての明確さに欠ける。実務的に何をするかが目標には求められる。

第三項は、「働くことに喜び」を感じるには健康であることが前提であり、したがって市民の健康に配慮する「健康福祉」の充実が行政には求められる。また、「明るい家庭」という表現も抽象的であり、個人の家庭内状況に行政が立ち入るのは、度が過ぎれば「人権侵害」に抵触しかねない。問題の発生が提起された時に、すみやかに対応可能できる「社会福祉」、もしくは「児童福祉」の充実が行政には求められる。

第四項は、「心のつながり」、「潤いのあるまち」という表現が同じく抽象的であり、「つながり」の核となるものが不明であることと、「潤い」に関しても、「何で」潤っているのかが不明である。「平和的」な人間関係により争いの少ない社会環境を実現するには、先ずは「相互理解」を深めることが肝心であり、そのためにも市民ひとりひとりの教養を高める教育の機会の充実が行政には求められる。

第五項は、「社会のルール」とは社会を構成するすべての市民、および国民の「合意事項」であり、その原則的合意事項は、「国民」が「国の主権者」であることを明記した日本国憲法に準拠する。そして日本国憲法で保障された「地方自治」に準拠することが地方公共団体の努めであり、「自治意識を高める」ということは、日本国憲法を尊守するということに等しい。すなわち「地方自治」と日本国憲法は不可分であり、なおかつ、「戦争の惨禍」を二度と繰り返さないことを国民が決意して日本国憲法を制定した経緯を鑑みれば、武蔵村山市民もグローバル化が進む世界に後れを取らないよう包括的な視野を持ち、自治意識もさることながら、諸外国との連続性をも意識する必要がある。

 
…というコトで、結論としては、「前文」を含めたすべての項目において「目標」が抽象的であることで、「目標」に向けた実務的な取り組みも曖昧になり、こうした曖昧さが税金の無駄遣いにつながり、やがては地方公共団体の財政を圧迫し、その効果も期待できないので市民の福利に与するとは考え難く、したがって住民の福利に与するよう、以下のような市民憲章への改正が考えられますw。
 

武蔵村山市 市民憲章(改正草案)

 わたしたち武蔵村山市民は、現在および将来の市民のために、暮らしと自然が調和した地域社会を目指し、歴史ある郷土に育まれた武蔵村山市のさらなる発展を願い、日本国憲法および地方自治の理念にもとづき、ここに市民憲章を宣言する。

○ 皆が自然の恵みをひとしく享受し、あらゆる災害に対して、防災および支援に備える地域社会を目指します。

○ 教養を深めることは豊かな人間性を養い、個人および武蔵村山市のさらなる発展に資するので、開かれた生涯学習の機会の提供と、それを促進する地域社会を目指します。

○ すべての市民の健康を促進し、世代交代によって再生と持続が可能な郷土を確立するために、公共の福祉が充実した地域社会を目指します。

○ 人間関係の基礎である相互理解を深め、「世界人権宣言」および「日本国憲法」で保障された、「基本的人権」を尊重する地域社会を目指します。

○ 武力およびそれに類する威嚇行為、もしくは一方的な判断による紛争の解決を排除し、「合意」を調停の原則とする、平和的な地域社会を目指します。

 
 ま、こんなカンジで、今回は東京都北多摩に位置する武蔵村山市の「市民憲章」を例に採り上げましたが、ほとんどの地方自治体は似たり寄ったりではなかろうかと?
 
【全国の都市の憲章】
 
 ザックリ言うと…

なにコレ?
 

憲章(ケンショウ)とは – コトバンク

けん‐しょう〔‐シヤウ〕【憲章】

1 重要で根本的なことを定めた取り決め。特に、基本的な方針や施策などをうたった宣言書や協約。「国連憲章」「児童憲章」
2 憲法の規則、典章。

(デジタル大辞泉の解説)

 
 で、各地方自治体が掲げる「憲章」は、押しなべて「抽象性」が高く、「雰囲気」のようなものを「取り決め」としているケースが多いようで、旧来からの住民と転入してきた新規の住民との間で、こうした「具体性のない取り決め」が共有されるかどうか微妙ですw。

 そこで「基本的な方針や施策」を明確にした「市民憲章」の制定が求められるワケですが、残念ながら地方自治体レベルの「教養」はさほど高くないのか?どこも「雰囲気」を優先する似たような「市民憲章」に止まっているのが地方自治体の現状のようです。もしくは?

「大衆は愚かだ」

…と高を括り、およそ「憲章」とは名ばかりの条文を掲げているのかも知れませんw。
 

 
 こうした「不明瞭」な取り決め=憲章が持て囃される背景には、お役人の「責任逃れ」の心理が働いていると考えられます。「不明瞭」な条文にすることで、責任の所在も「不明瞭」になりますからw。

 「東大話法」という本が一時期売れましたが、はやい話が責任逃れのための「役人話法」です。福島第一原発の事故後に、「原発神話」を流布して原発を推進してきたお役人の、誰か一人でも責任を取りましたっけ?
 


原発危機と「東大話法」
安冨 歩 (著)

 
 「前進党」の賛同者のみなさんは、先ずは「地元」からの社会改革を目標に各自が教養を高め、激動の2017年に備えてほしいものですw。

みなさん良いお年をお迎えください。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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