同じ空の下

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 
 ワイドショーで盛んに小林麻央(敬称略)の死亡を報じていますが、2年前に父をやはり癌で亡くたワタシとしては、ワイドショーが騒げば騒ぐほど醒めていく自分を感じる次第。もちろんお悔やみを述べるに吝かではありませんが…

所詮は他人事。

 タレントが亡くなるたびにニュースとして取り上げられますが…

毎日イッタイどれだけの人が死んでいるのか?

…を思うと、結局ワタシが心から感情移入できるのは肉親や身の回りの者だけで、もっと正直に言うなら肉親の死でさえ…

他人の死

…なのかも知れません。自分にとって最大の関心事は「自分の死」であり、他人の死に直面することで…

生き残った自分

…を実感する気がします。

 「同じ空の下」、現在混乱の渦中にある中東では、兵士だけでなく戦渦に巻き込まれた多くの民間人が毎日死んでいるワケで、、戦争、紛争さえなければ…

死ななくてもイイ人たち

…が死んでいるという状況に比べ、最大限の治療と看護を受け、手を尽くした結果亡くなるのは…

恵まれた死

…のように思えます。
 


小林麻央さんブログに“故郷”兵庫への思い

 
 「父の死」に話を戻すと、抗癌剤および痛み止めの麻酔の副作用か、死亡する一週間前から意識が朦朧とした状態で、話しかけても意思の疎通はできず、おそらく自分が死ぬということすら理解せずに逝ってしまったのでしょうが、それは幸せだったのか?

 「死ぬ」ということは、当たり前ですが「生きている時間」の終わりであり、臨終間際は「生きている時間」=「人生」を総括する最後のチャンス。「人生」がどうであったにしろ、再度自分の「人生」=「物語」と向き合うことで…

「自分」という存在

…を証明(もしくは確認)できるのではないか?もちろん「他人から見た人生」は本人とは無関係に存在しますが、それは他人が創りあげた物語であり、そこに「命」は宿っていません。

 したがって、自分の死と向き合えずに死ぬとコトは、“本人にとって”は…

人生が無かったに等しい

…のではないか(極論ですが)?

 そんなことを漠然と考えたのも、火葬場が混んでいた関係で一週間ほど父の亡骸と自宅で過ごしたから。

死体と一緒に暮らす

…というのも哲学的なもので、祖父と祖母のときは土葬だったのであっという間に埋葬されてしまいましたが…

日常の中に死体がある生活

…をわずかな期間ですが送り、毎日「死体」に話しかけていると…

「生」と「死」は一体なのだ

…というコトが「実感」として迫って来ます。

もしかしたら生き返るかも?

…なんてバカな考えも湧きましたが、当然生き返るハズもなく、目の前の父は無言で…

「死」とはこういうもんだ!

…というコトを突きつけます。生前は口うるさかった父も死んでしまえば「冷たい肉の塊」でしかなく、この世にはもう「不要」の存在であり、日常から切り離されて「墓地」へと追いやられるのみ。

 結局、「生きている」ことが日常に参加する唯一の手段であり、それは「生き残る」ことでしかないという話。

 ワタシも残りの時間(人生)が限られた部類に入る年齢になり、明日死んでもオカシクナイと一応の覚悟はしています。そして父の死から学んだ教訓?は、いつ死んでもイイように…

日々自分の人生を確認する

…というコトであり、一番重要なのは自分に正直であるか?というコト。
 

関電、歴代首相7人に年2千万円の献金・・・元副社長が証言
カレイドスコープ Thu.2014.07.31

内藤千百里・元副社長 : 原子力発電所が安全と思ったことがないんです。
内藤千百里・元副社長 : んっ・・正しいことは、言うておかなぁいかんなぁ、という、素朴な死を前にした気持じゃないですか。

 
 
 ま、父の死に接しての個人的感慨に過ぎませんが、毎日を悔いなく送ることができれば…

「死」の恐怖も安らぐ

…のではないかと思った次第。
 

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー

 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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