「シン・ゴジラ」を視て思う

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 
 ナンか?ゆうべ放映された「シン ゴジラ」で盛り上がっているような…。
 

「シン・ゴジラ」視聴率15.2% 地上波初放送で大反響
ライブドアNEWS 2017年11月13日 9時3分

 昨年の大ヒット映画「シン・ゴジラ」が12日午後9時からテレビ朝日で地上波初放送され、平均視聴率は15・2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったことが13日、分かった。放送開始直後に「Yahoo!リアルタイム検索 話題のキーワード」で1位になるなど高い注目を集めた。

 今年3月4日にフジテレビで地上波初放送されたアニメ映画「アナと雪の女王」の19・7%には届かなかったものの、15%を上回る高視聴率。裏番組のTBS日曜劇場「陸王」(日曜後9・00)の14・5%、日本テレビ「行列のできる法律相談所」(日曜後9・00)の11・3%を上回った。

 昨年7月に公開され、興行収入82・5億円で同年の実写邦画ランキング1位に輝いた作品。東宝が12年ぶりに製作したシリーズ29作目で、人気アニメ「エヴァンゲリオン」シリーズで知られる庵野秀明氏(57)が脚本、編集、総監督を務めた。東京湾、鎌倉、川崎市街などに出没したゴジラと日本国との戦いを描いた。

 第40回日本アカデミー賞では最優秀作品賞や監督賞など最多の7部門で最優秀賞を受賞し、毎日映画コンクールやブルーリボン賞など数々の映画賞を総なめにした。

 
『シン・ゴジラ』に対してなぜ園子温監督は「クズ」といったのか? 本質を隠す描写がリアルと評価される時代
LITERA 2017.11.12
 
 かくいうワタシも視ました…「シン・ゴジラ」。で、感想は…

「巨神兵 東京に現る」のゴジラ版

…というのが率直なトコロ。もちろんゴジラのほうが巨神兵より先なワケで、いうなれば巨神兵がゴジラのパクリw
 

 
 で、当の庵野監督は映画「風の谷のナウシカ」で自身が関わった巨神兵のシーンに後悔があるそうで、その埋め合わせ(リベンジ)の意味でゴジラをモチーフにした「巨神兵 東京に現る」という短編を製作したのではないかと?
 

 
 インタビューでは…「あれ(ナウシカ)から宮さん(宮崎駿監督)の言うコトを聞かなくなりました」…と述べ、よっぽど巨神兵のシーンを悔やんでいたらしく、それが「アニメ」ではない「特撮」という手法を選んだ理由なのかも知れませんw。

 正直、「風の谷のナウシカ」を公開当初映画館で観たワタシの感想も…

巨神兵がチャチイな

…で、庵野監督が後悔しているというのも頷けますw。腐海や蟲のディティールに比べあまりにフランク・ザッパ…もとい、大雑把で、「風の谷のナウシカ」がテレビで放映される度に庵野監督はヤケ酒をあおりたくなるのではないか?と心中お察ししますw。

 そんなワケで自分にケジメをつけるためにアニメという宮崎監督のフィールドを離れ、実写=特撮という手法を用い、なおかつ現代の東京に巨神兵を出現させたものの、特撮という制限上ゴジラ風になるのもやむなしw。

 で、「巨神兵 東京に現る」が巨神兵をゴジラに置き換えたバージョンとして製作された一方で、「シン・ゴジラ」はゴジラを巨神兵に置き換えたバージョン(発展形)のようなものというのがワタシの認識。

 「シン・ゴジラ」での官僚や政府の描写が云々…という論評もありますが、庵野監督にしてみれば「エヴァンゲリオン」で描かれた「ネルフ」「ゼーレ」の投影であって、そこに政治的意味をねじ込んでも詮無きコト。
 


リリス(エヴァンゲリオン)

 

 
 「シン・ゴジラ」の設定=正体不明の侵略者(ゴジラ)の出現は、「エヴァンゲリオン」の設定=使徒の出現と重なり合うもので、過度にイデオロギーの色眼鏡を透して作品を視ることなく、精巧なミニチュアセットだとか、特撮シーンに素直に感心するのがニュートラルな視方ではないかと?
 

 
 ちなみに、風に揺れる柳の木の枝が“幽霊”に見えるコトもあるそうで、「心の持ち方」次第で物事は違って見えるというコト。したがって「正しく見る」には「平常心」を失わないことが肝要であり、さらに「平常心」を失わないためには「正しい知識」を持つことが必要となり、それはつまり…
 
自灯明
 
…となることに他なりませんw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 
追記:

 ま、第1作目の「ゴジラ」からして「原爆」に対する政治的(社会的)メッセージが根底にあったワケで、その後「怪獣映画」扱いが長く続き、あの3.11を機に再び「核の脅威」という本来のメッセージを多くの人が思い出した次第w。

 したがって、核=政治というコトであれば、ゴジラ映画はイデオロギーと無縁ではいられないのかも知れません。

日本(世界)が「核」を放棄しない限り。

 ワタシとしては、単純に「特撮」を楽しみたいだけなんですケドね…orz