聖徳太子と日蓮と…

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 
 以前、「聖徳太子」という諡号ではなく、「厩戸皇子」という俗名がイエス・キリストを連想させることから、聖徳太子が広めようとした仏教とは景教(キリスト教ネストリウス派)だったのでは?と推測したワケですが、どうも勘違いだったようで、聖徳太子が重んじたのは『法華経』とのコト。
 

聖徳太子が重視した経典は法華経なのですか?
Yhoo知恵袋 2012/1/4 18:51:54

法華経勝鬘経維摩経の解説書をまとめて三経義疏と呼びます。

勝鬘経は、勝鬘夫人が発心してから仏の説法が実感できるまで…等と、釈尊に十の誓願を立てるところから、勝鬘経義疏は推古女帝に信仰のありかたを説いたものであると同時に本尊とすべき仏が釈迦如来であることを説いたものと言えます。

維摩経義疏は維摩居士という釈尊の十大弟子に匹敵する在家信者の故事をつうじて、在家仏教という太子ご自身の立場を宣言したものと言えます。

法華義疏は勝鬘経義疏や維摩経義疏のように、明らかに特定の人物(推古帝や太子)の例えにしたものではありません。法華義疏の冒頭部分で「釈迦如来が出現した目的はこの経(法華経)を説いて衆生を成仏させることである」という主旨の解説をしています。つまり、最重要の経典としておられます。

要約すると、勝鬘経義疏で信仰の対象とすべき仏(釈迦如来)を説き、維摩経義疏で信仰者の立場(在家仏教)を説き、法華義疏で根本とすべき経典(法華経)を説いたのです。

質問者様の認識の通り、聖徳太子が重視した経典は法華経なのです。

(ベストアンサー 2012/1/4 20:54:03)

 
 で、それとは別に、「大乗仏教」はオリジナル仏教とキリスト教が習合したものというのがワタシの持論ですが、昔の人も同じコトを考えていたようですw。
 

法華経は、釈尊入滅後、800年後に成立した経典
Yhoo知恵袋 2011/5/31 01:52:49

質問者さんが言いたいのは、日本における「大乗非仏説論」のことですね。まず、江戸時代中期の思想家、富永仲基が大乗非仏説論を主張し、これを基に、仏教を神敵として、より激しく攻撃したのが平田篤胤です。明治時代になると「大乗非仏説論」は再び大きな争点となります。仏教研究が進み、原始経典(パーリ語仏典、漢訳阿含経等)が釈尊の直説あるいはそれに近い説であることが明らかになったためです。よって、法華経は釈尊の教えではないという論理ですね。

しかし、その後の日本の仏教学では、「大乗非仏説論」は次第に衰え、大乗を非仏説として一方的に退けるのではなく、大乗仏教の意義を認め、その価値ある部分を見出そうとする立場が今日の主流です。すなわち、大乗仏教と原始経典との間には教理上の類似性・共通性があり、原始仏教の中にすでに大乗的な要素が含まれているとする立場です。この見方によれば、大乗(法華経も)は釈尊の直説の発展したものと考えることができます。

確かに、法華経というのは、釈尊自身が著したものではないようです。生前の釈尊の言葉を、弟子たちが書物として編集したというのが、その実態のようです。しかし、だからといって、法華経が釈尊の言葉ではないとは、断言できないでしょう。仏教の目的は、万人成仏です。釈尊もそれを願って出家されたはずです。自分ひとりの悟りだけを目指していたわけではないはずです。ゆえに、釈尊の説いた他の経では、成仏できない衆生もいたのに対し、法華経では、悪人、女人、二乗など、成仏できないとされていた衆生も、即身成仏できるとしたのです。ゆえに、法華経こそ釈尊の真意であると解釈すべきなのです。

ところで、正しい宗教かどうかを判断する基準として、「文証」、「理証」、「現証」の三証という考えがあります。

文証とは、ある教義・主張が、経文等の文献上の裏付けをもっているかどうかという基準。

理証とは、その教義が道理に適っているかどうか、理性の上から普遍妥当性があるかどうかという基準。

現証とは、教えを実践した場合、現実の上でその通りの結果が現れるかどうかという基準。つまり、その宗教を実践して幸せになれるかどうかです。

この中で、最も重要なのは「現証(実証)」です。この三つの基準が揃ってこそ、その宗教は正しいと言えるのです。

法華経では、仏滅後に法華経を広める「地涌の菩薩」が出現すると説かれています。その予言通り、末法の鎌倉時代の日本に、地涌の菩薩の上首・上行菩薩として、日蓮大聖人が御出現されました。日蓮大聖人は、法華経の肝心は「南無妙法蓮華経」であるとお示しになりました。この「南無妙法蓮華経」を実践している創価学会には、この「現証」がしっかりとあります。現実に功徳の実証が出ているのです。だからこそ、学会は世界192カ国・地域にまで広まったのです。他の仏教諸派の教えや他宗教で、果たしてそれを実践して功徳を得ている人などいるのでしょうか。単に「先祖代々の教えだから、何となく信じているだけである。それでいいじゃないか。別に功徳とかは関係ない」、そんな感覚の人が多いようです。そもそも仏教を実践して、自身の変革を図ろうなどという発想がないのです。

そのなかで、「現証(実証)」のある生きた宗教は、「南無妙法蓮華経」だけであります。よって、その母体である法華経も間違ってはいないという、何よりの証拠ではないですか。

(ベストアンサー 2011/5/31 09:48:21)

 
 宗教(『法華経』)を以って国体を護持しようと最初に考えたのは聖徳太子で、同じように日蓮も『法華経』を以って乱れた国体を建直そうと考えていたワケですから、日蓮と聖徳太子は同一ライン上に在ると言えます。

 聖徳太子は、「同時に10人の話を聞き分けた」と超能力者のように脚色されていますが、一方で日蓮もその誕生の際に、「沖合の鯛が水面に躍り出た」と言い伝えられて神聖化されています。
 
鯛の浦 – Wikipedia
 
 そして、『法華経』を重んじたもうひとりの重要人物が聖武天皇です。聖武天皇も『法華経』を以って国体護持をしようと、全国に国分寺を建立しています。

 したがって聖徳太子⇒聖武天皇⇒日蓮と続く流れから、日本の国体と『法華経』とは密接な関係にあるという話。もちろん?「国体」=「権力体系」を意味するワケですから、聖徳太子、聖武天皇、日蓮は…

同じ権力体系=伝統的支配階級

…と考えてイイのではないかと?

 で、『法華経』といえば創価学会。創価学会といえば公明党なワケで、歴史的見地からすると公明党も伝統的支配階級の一端を担う立ち居地に在るという話。
 

 
 日本は多くの渡来人によって形作られた、「隠れた多民族国家」であることはすでに多くの人が知るトコロ。また、大和朝廷だけでなく、多元王朝(吉備王朝、九州王朝など)体制であったらしいことも解明されつつありあります。というか?隠され続けてきました。

 そうした「隠された支配体系」が権力闘争を繰り返し続けてきたのが日本の歴史であり、それは今現在も継続中だというコトw。

 何度でも繰り返しますが、歴史を詳らかにし…

「隠された支配体系」を白日の下に晒す

…より他に…

日本国民=一般大衆が頚木から解放される道は無い!

…というのがワタシの見解。

 ま、これは日本に限った話ではありませんがw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!