「鬼」とは?

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 とあるニュースを目にして、「鬼」についてイロイロ思いを巡らせた次第。
 

「鬼の子孫」の行方は 61代目「もう自分に鬼の力は」
朝日デジタル 文・筒井次郎 写真・矢木隆晴2018年6月2日15時24分
 


未明、ライトを頼りに小仲坊(後方)を出発する山伏たち=奈良県下北山村前鬼、長時間露光

 
 かつて鬼の夫婦がもうけた5人の子とその子孫が営んだと伝わる5軒の宿があった。現在も山奥に残る1軒宿を訪ね、町へ下りた「鬼の子孫」の行方を追った。

 紀伊山地の奥深く。渓谷を縫う国道169号から林道に入って進むと、森の中から1軒の宿「小仲坊(おなかぼう)」が現れる。奈良県下北山村前鬼(ぜんき)。鬼の伝説が残る小さな里だ。

 標高800メートル。里の北約9キロにある近畿最高峰の八経ケ岳(はっきょうがたけ)などが連なる大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)の一部で、修行を積む山伏や登山者らが泊まる。個室はなく、母屋24畳と宿泊所30畳の広間に自分で布団を敷く。電気は自家発電だ。

 5月の未明。山伏ら27人が宿にあるお堂で読経し、その後ヘッドランプをつけて山へ修行に向かった。宿の主人の五鬼助(ごきじょ)義之さん(75)は手を合わせ、見送った。

 お堂は、修験道開祖の役行者(えんのぎょうじゃ)と、仕えた鬼の夫婦、前鬼と後鬼(ごき)をまつる。伝承では、五鬼助さんの先祖はこの鬼夫婦。1300年ほど前、夫婦の5人の子が5軒の宿坊をそれぞれ開き、子孫が代々営んできた。

 幕末に書き残されたとされる系図の写しがある。前鬼と後鬼を示す義覚(ぎかく)と義賢(ぎけん)に始まり、義達(ぎたつ)、義卒(ぎそつ)……。「義」の字が受け継がれてきた。義覚は195歳、義達は147歳まで生きたと伝わるが、61代目の義之さんは「もう自分には鬼の力はありません」と笑う。

 宿の周りには石垣が残る。他の4軒の跡だ。ほかの「鬼の子孫」は、どこへ去っていったのか。

     ◇

 奈良県下北山村前鬼。人里離れた山中に、明治時代まで5軒の宿坊があった。鬼の夫婦の子5人の子孫が営んだと伝わり、それぞれ名字を五鬼助(ごきじょ)、五鬼継(ごきつぐ)、五鬼上(ごきじょう)、五鬼熊(ごきぐま)、五鬼童(ごきどう)と名乗った。

 しかし、平穏な暮らしは、明治…(以下有料

 
 鬼とは、大和朝廷に貶められた縄文人や先住渡来人のコトだ…という見解がネット上に見られますが、古くは邪馬台国の女王卑弥呼も鬼道に通じていたと、『三国志 – 魏志』の倭人伝に記され、鬼道を信仰する人たちを総じて「鬼」と呼んだとも考えられますし、逆に言えば、鬼と呼ばれる人たちの信仰もしくは習俗を、古代中国では鬼道と呼んだのかも知れませんw。

 いずれにせよ、鬼という言葉は中国から伝わったものであり、したがって鬼のルーツも中国にあるという話。

 古代中国の地理書である『山海経』には鬼の国が記されていて、その国に住む人は「ひとつ目」であり「一目国」という名の他に「鬼国」とも呼ばれていたと。
 
一目人 – Wikipedia
 
 で、「ひとつ目」といえば、ワタシ的に連想されるのがギリシャ神話に登場する「サイクロプロス」
 
キュクロープス – Wikipedia
 
 サイクロプロス(キュクロープス)は、ゼウスやオリンポスの神々に先行するギリシャの古層の神である、天空神ウラノスと大地神ガイアの子どもで、製鉄(鍛冶)を司る神

 ところがその容姿(ひとつ目)からか、父ウラノスに疎んじられ、時の神クロノスがウラノスから権力を奪取した後も疎外されていたのを、オリンポスの神々がクロノスら古層の神々との戦いに勝利したのを機に、ようやく自由の身?になります。

 で、同じ「ひとつ目」というコトだけではなく、「製鉄」という絡みで「一目人」と「サイクロプロス」は通じるトコロがあり、有名な『西遊記』の続編『後西遊記』によると、孫悟空に負けた牛魔王とその妻の鉄扇公主は、羅刹鬼国という国で王と女王として祀られたそうですが、牛魔王と鉄扇公主の設定にはいくつかの暗喩が窺えます。

 まず、鉄扇公主の持つ鉄扇の風で火炎山の火を消せるという設定は、製鉄の際に使われる「ふいご」を連想させますし、その火炎山にしても、天界からこぼれ落ちた火が火炎山になったという設定は、天界の火を盗んだプロメテウスの話とどこか似ていて、しかも?先のサイクロプロスもプロメテウスも、ギリシャ神話の古層の神であるタイタン族=同族です。

 ちなみに「タイタン」は、最も硬い金属といわれる「チタン」の語源になってますw。

 ザックリいうと、「一目人」=サイクロプロスではないか?という話で、羅刹鬼国=鬼国(一目国)で祀られる牛魔王と鉄扇公主に製鉄の暗喩が見られるのと、牛魔王=牛頭天王であるなら即ちナラム・シン大王(ワタシの持論)であり、歴史を遡ると、アッカド>アッシリア>ヒッタイトとメソポタミアの覇権は移り変わるワケですが、ヒッタイトの製鉄技術が東方に伝播するのと同時にナラム・シン大王の伝説(牛魔王=牛頭天王)も東方に広まり、明の時代に『西遊記』のネタになったのではないか?

 さらに、アレキサンダー大王の東征によってギリシャ神話も東方に伝わるワケですが、それが『山海経』の「一目人」のネタになったのではないか?

 これらを勘案すると…

鬼国=製鉄民族の国

…という仮説が導かれ、日本で鬼が人里離れた山地や孤島に住むのは…

製鉄に必要な鉱物資源を求めて

…という解釈が成り立つワケですw。

 しかし、鬼道と製鉄民族とがイコールだとすると、邪馬台国でも製鉄が行われていたのか?という話になるワケですが、その痕跡(記録)はありません。したがって鬼道という風習(宗教)だけが伝わったコトになるワケですが、同じ文献(『三国志 – 魏志』)には、三韓のひとつの辰韓では鉄を産出し、倭人がこれを買い求めたとあるので、辰韓から鬼道だけ伝わった可能性は否定できません。

 ま、さまざま意見、見解があるにせよ、「まつろわぬ民」はすべて「鬼」と一括りにしてしまうのは、些か乱暴すぎやしないかい?と思ったのと、少なくとも古代中国には「鬼」の区分が見られるワケですから、日本で鬼を考察する場合にも、それを少しは参考にしたほうがイイのでは?と思った次第w。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 
追記:

鬼に金棒

…と、言うくらいですからw。
 


千葉県の民話 「小僧の鬼退治」より

 
 

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