ひとは「物語」を欲する

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 ナチスの宣伝省に勤め、ゲッペルスの秘書だったという女性の…

「なぜみんなあんなに熱狂したの?」

…という疑問に関して、些か思うトコロあり。
 

ナチスへの熱狂、103歳独白 映画「ゲッベルスと私」
朝日デジタル 河原理子2018年6月14日13時28分
 


「ゲッベルスと私」で語るブルンヒルデ・ポムゼルさん (C)2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 


映画「ゲッベルスと私」のクリスティアン・クレーネス監督=2018年5月30日午後6時8分、東京都港区東新橋1丁目、河原理子撮影

 ナチスドイツの国民啓蒙(けいもう)・宣伝大臣だったヨーゼフ・ゲッベルスの秘書だった女性にインタビューをしたドキュメンタリー映画「ゲッベルスと私」が16日、東京で封切られる。「深く考えることなく悪に同調した、普通の人を描いた映画。いまの世界に重なる」と監督は言う。

 映画は、ゲッベルスの秘書だったブルンヒルデ・ポムゼルさん(1911~2017)が人生をふり返る語りで進む。撮影当時103歳。ナチ党大会などの記録映像や、ゲッベルスの言葉が挟みこまれる。

 漆黒の画面で、ポムゼルさんの深いしわを、カメラは浮き彫りにする。

 1933年、ドイツでヒトラーが政権をとると、彼女はよい仕事を得るためナチ党員になった。入党するために行列した日のことをいきいきと語るポムゼルさん。国営放送局に職を得て、42年に宣伝省に移ってさらに高給取りに。ユダヤ人の友人とは疎遠になった。

 宣伝省はエリートの雰囲気で居心地がよかった。ゲッベルスは「いつも身だしなみがよくて上品な人」。それが、演説になると豹変(ひょうへん)した。総力戦と反ユダヤ政策貫徹を訴えて聴衆を熱狂させたゲッベルス演説会に参加して、彼女は困惑しながら拍手したと言う。

 「いまならもっと深く考えられる。そして不気味に思う。なぜみんなあんなに熱狂したの?」

以下有料記事

 
 まず、ひとは自分という存在を肯定してくれる「何か」を求めるもので、言葉を替えると自分という存在に…

理由付け

…をすることでアイデンティティー(同一性・帰属性)を意識するようになり、その一方で、何かしらの帰属意識が得られないと精神不安に陥り、それが高じると「自殺衝動」に発展する場合もあるワケです。

 したがって「生き続ける」には、自己を肯定する何らかの「理由」が必要であり、「理由」の根拠となる…

「物語」を欲する

…というのがワタシの持論。

 例えば、過去の偉人のような偉業を成し遂げたいとか、尊敬する人のように生きたいとか、「真理」を極めたいだとか、「自由」に生きたいだとか…

求める自分の姿

…は千差万別であるにしても、ある方向性=ベクトルを持っているという点では同じであり、こうしたベクトルは時間軸に沿って進むワケですから…

ひとつの「物語」である

…と言えるのではないか?つまり、ほとんどの人は「物語」のなかに身を置いて毎日を生き、「人生」と「物語」は不可分であると考えられます。

 つぎに、個人における「物語」とは別に、個人の集合体である社会や国家にも「物語」が必要となります。社会(国家)は合意の産物で、どんなに人が集まろうと、個人個人がバラバラの「物語」を持ち寄っていては社会(国家)はまとまりません。故に社会(国家)としてのひとつの「物語」が必要になるワケで、日本に関して言えば…

神州日本

…という明治政府が作った「物語」にみんなが乗り、天皇を現御神として祀り上げたワケです。

 なぜ明治期の国民は、かくも容易く明治政府の「物語」に乗ってしまったのか?その原因を窺い知るのは困難ですが、ドイツに関してはある程度想像がつきます。

 第一次世界大戦で敗戦国となったドイツは国内経済もガタガタで、苦境に立たされた国民は「希望」=「物語」を求め、そこにヒトラーが持ち込んだ…

アーリア人優性論

…は、国民の不満を紛らわせ、いっとき自らの不遇の境遇を忘れさせる…

カタルシス

…となったであろうコトは想像に難くありません。

 そしてまちがった「物語」であったにせよ、国民に「やる気」を起こさせたのは確かで、「物語」=プライドを手に入れたドイツ国民はそれをモチベーションにし、ナチス政権下でドイツが復興したことで強い自己肯定感を抱くようになったワケですが…

みんなが熱狂した

…ものは実はナチスドイツではなく、自己肯定の感情の高揚=自己陶酔だったという話。ま、ナチスはそうした感情を上手く利用したワケです。

 日本にしても同じコトで、ほとんどの国民は「神州日本」という物語の中に身を置き、「現御神の赤子」というプライド=高揚感に身を委ねて先の戦争に突入したワケですw。
 

 
 で、敗戦を迎え、「神州日本」という「物語」は天皇自らの手で幕引きw。 
 

…朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現御神(アキツミカミ)とし、且日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基くものにも非ず。…

昭和二十一年一月一日 「詔 書」 – より

 
「物語」を欲する

…という習性は、人間である以上どうしようもない本能なのかも知れませんが…

間違った「物語」はひとを不幸にする

…というコトは肝に銘じておく必要があるワケで、現代社会においても間違った「物語」は存在し、先日の米朝首脳会談にしても、ワタシとしては…

新しい「物語」のはじまり

…を予感させるものでしたが、テレビに出演するほとんどすべての解説者、知識人、およびタレントは会談に否定的で、ワタシからすると…

古い「物語」に固執してるわw。

…というのが率直な感想。
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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