頭がガチガチ

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 よもやNHKの日曜討論で「ワールドカップ」を取り上げようとは…

思ってもみませんでしたw!

 まw、ふがいない(姑息な)試合が世界的にバッシングを浴びているので…

自己弁護(ナショナリズムの高揚)

…のために火消しに躍起になっているのがミエミエで、哀れw(東京オリンピックもあるコトだし…)。

 ただね?いくら日本国内で火消しをしたとて、対外的面子および信頼が回復するワケではなく、それこそ…

所詮島国=村社会

…とみくびられてオシマイw。
 
BBCが伊藤詩織氏の体験を中心に「日本の秘められた恥」を放送 ―バッシングは何故起きる?
Yahooニュース 小林恭子 | ジャーナリスト 6/29(金) 22:58
 
 もちろん、ほとんどの日本人はこの問題についても、先の試合内容についても、不審感や不満感を抱いているワケですが、いかんせんNHKをはじめとする大手メディアが…orz

 結局、「声無き人々」の思いは、大手メディアの垂れ流す情報に押し流されてしまうのが現状。

 で、日曜討論では、やたら「組織論」が繰り返されていましたが、アスリートって…

そんなに組織が好きなワケ?

…という話。「組織」が好きならアスリートやめてサラリーマンになれば?ま、乱暴な理屈ですが、ナンか?違和感を覚えたもので。

 かれらが至上命題のように重視する「組織」の弊害が、さきの日大アメフト部の危険タックルであったり、アスリートの囲い込みであったりするように思うワケですが、このうえまだ「スポーツ村」の利権を守るのに必死なようで、ウンザリしますw。

 組織を重視すると「日本らしさ」が消えるようなコトも言ってましたが…

アwホwカw?

 「日本らしい組織」を目指せばイイだけの話であって、戦略が云々と高尚なコトをのたまっていましたが、凝り固まった組織論ではどこも十派一からげ、ドングリの背比べになり、抜きん出るのはムズカシイんじゃないの?

 日本の強みといったらアレですが、日本の近代産業が舶来品のコピーから始まったのは事実であるにせよ、日本製品が世界で認められるようになったのは、「丸コピー」ではなく…

一味くわえた

…からで、この「一味」=「改善・改良」が日本の持ち味(ただし物語性には欠ける)。つ・ま・り…

組織と日本らしさは両立する

…というのがワタシの理屈であり、組織を優先するが故に消極的な試合(日本らしくない試合)も是認される…という論客の意見には同意できませんw。

 ま、繰り返しますが、日本らしいとか、らしくないとかいったコト以前に、観客からブーイングが起こるような試合をするようじゃ…

プロ失格!

…だという話で、日本という限られた地域での利益を重んじるか?それともサッカーというスポーツそのものを敬愛しているのか?は、選手各人の胸の内にありますw。
 

中田英寿 現役引退を表明 “新たな自分”探しの旅にと
Yahooニュース 2006年7月4日

◇ 中田英選手のホームページから

“人生とは旅であり、旅とは人生である”
2006・7・3~1985年12月1日-2006年6月22日~

 俺(おれ)が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。 あの頃(ころ)はボールを蹴ることに夢中になり、必死でゴールを決めることだけを目指した。そして、ひたすらゲームを楽しんだ。サッカーボールは常に傍(かたわ)らにあった。…

プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも子供のころに持っていたボールに対する瑞々(みずみず)しい感情は失われていった。

 けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後、サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

 それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

 これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為、ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振る舞った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢(あふ)れ出した。

 ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ挨拶(あいさつ)をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。…

…ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…ちょっと自信がなかった。

 けれどみんなからのmail(メール)をすべて読んで、俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は間違っていなかったと自信を持って言える。…

 
 あの試合は…

こどもたち(青少年)に勇気や希望を与えられる試合だったのか?

…というコトを、おとなたちは真摯に考えたほうがイイw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 

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