「神代」と「人代」 3

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 ザックリ言うと…

「神代」は母系社会、「人代」は父系社会

…になるのでは?

 で、父系社会が顕著になったのが明治以降敗戦までで、天皇を「父(神)」として敬う皇国教育がその表れ。

 一方、大和朝廷成立以前からの母系社会を受け継いできた非主流派の「声無き民」としては、忸怩たる思いがあったのではないかとw。

 私事でアレですが、先日発達障害のこどものことを…

まともじゃない

…と言い放った老人(あえて「ご」は省略)を…

そんなこと言うもんじゃない

…とたしなめた?ワケですが、発達障害のこども=言う事を聞かないこどもを「まともじゃない」と切り捨てる感性こそ、まともじゃないw(ワタシに言わせれば)!

 周囲にいた数人の老人(男女)もどうやら彼の老人と同じ感性のようで、こうした老人がこどもの指導的立場、保護者的立場にいる日本の教育現場の現状に…

だめだこりゃ…orz

…と、凹んだ次第。

区教委の指導も無視。教師の「いじめ」で心を壊された児童たち
MAG2ニュース 2018.10.11

 「まともじゃないおとな」に育てられたこどもは、「まともじゃないおとな」に成長するワケで、こんなことを続けていたら国が滅ぶのは火を見るより明らかw。
 

 

さらに看守と受刑者のような異質の関係性は、児童たちのマインドすら変えてしまい、A君が悪いから罰は当然なんだという考えになってしまった。私は、このマインドの変化こそ、この事件の酷さを表しているものだと思う。
 
(上記ニュースより抜粋)

 
 昨今、女性差別や性的マイノリティー差別が大きく取り上げられたり問題化していますが、社会構造の根本的問題に由来します。つ・ま・り…

父系社会 or 母系社会

…という話で、「権威」を基盤とする父系社会に対して、「受容」を基盤とする母系社会があり、日本に限らず世界情勢を見渡しても、父系社会は行き詰っている状況にあるような…。

 父系社会の行き詰まりは世界経済…というか?経済問題全般とも関連します。経済は「効率」を重視し、必然的に「非効率」なものを排除する方向に向かうワケですが、翻って母系社会では、「排除」ではなく「受容」に立脚します。したがって「経済性」とは相容れないワケですが、人が生きやすいのはドッチか?というと…

母系社会でしょ?

 洋の東西を問わず人は基本的に母系社会を営んでいたのに、いつからか経済=父系社会に蝕まれ、「カネの力」にひれ伏して久しいワケですが、現在判りつつあるのは…

父系社会では持続不可能

…らしいというコト。

 したがって「神代」から「人代」へのパラダイムシフトの逆=父系社会から母系社会へのパラダイムシフトが潜在的に求められ、かつ起きつつあるのでは?

 大きな目で見ると、日本建国からの歴史的葛藤の中に現代のワタシたちは置かれているという話w。
 
Power To The Woman
2015年6月21日
 


当選の玉城氏、無党派層の7割支持 沖縄知事選出口調査

 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 
追記:

「生きることが最大の反撃だ」結成30年、孤高のパンクバンドがゴールデンカムイのテーマ曲に辿り着くまで
ハフポスト 2018年10月13日 17時30分 JST | 更新 35分前

世の中のすべてが敵だった少年時代、パンクとの出会い

北海道・帯広で生まれ育った吉野は、幼少期から周囲に馴染めない子供だった。集団に違和感を覚え、小学校のころから学校をサボりがちになる。

「友達なんて誰もいないし、周りはみんな敵。世の中を呪ってました」

孤独な少年時代に出会ったのが、パンクロックだった。

「兄貴に洋楽を聞かされて、そこからパンクという音楽を発掘するんです。初めて聞いた時はぶん殴られたような衝撃でした。それまで聴いていた洋楽とも違って、曲が異常に短い、早い、ギターソロが殆どない。『何を言ってるかわかんないけど、すごい怒ってるぞ』って」

社会に対する不満、怒り、皮肉を込めたメッセージ性の高い歌詞と、叫びに近いボーカル。一気にのめり込んだ。

家に籠もっては、パンクの歴史を切り開いた「The Clash」のレコードを擦り切れそうなほど聴いた。中学に進むと、DISCHARGE、G.B.Hなどハードコアパンクに傾倒する。

「『ふざけんじゃねえ』とか『学校なんか行かなくていい』とか。サイコーだと思って。家の外にラジカセのスピーカーを向けて大音量で流してましたね。そういう少年でした。近所の皆の衆聞け、俺の気持ちはこれだって」

 
 ワタシの場合、彼のようにまわり全部を敵視するワケでもなく、一応?つるんで釣りに行ったりするともだちもいましたが…

何かが違う

…と、この世界の在り様に漠然とした居心地の悪さを抱き続けていました。

 そうした鬱屈した思いを母は感じ取ったのか、小学生にして母に…

「アカ」

…呼ばわりされたのを、今でも覚えていますw。

 当時はベトナム戦争真っ盛りで、「アカ狩り」はアメリカから日本にも飛び火し、横田基地が近所にある関係上アメリカ追従の風潮があり、ベトナム戦争に疑問、異議を挟もうものなら条件反射的に「アカ」呼ばわりされたものですw(学生運動も盛んだったし)。

 そんな思いを胸に秘めつつ成長し、高校生になったある冬の日の夕暮れ。あたりはすでに薄暗く、そぼ降る雨のなかに滲んで見える、フェンス越しの横田基地の滑走路の青白い誘導灯と、その向こう側の国道16号を行きかう車の赤いテールライトの流れをボンヤリと眺めていたら、突然…

すべてが機械仕掛けで動いている

…ように見え、気がおかしくなったのかと怖くなったワケですが、その感覚はホンの一瞬で過ぎ去り、どうにか正常?を保った次第。

 いまにして思えば「あの感覚」は…

見せかけの世界と本当の世界の境界

…に迷い込んだ瞬間ではなかったのかと?

 ま、年寄りの思い出話ですw。
 
 

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