あの日も雨だった

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 1989年、年が明けてスグに天皇陛下崩御のニュースが流れた。前年の末頃より下血と輸血を繰り返され、一般国民は天皇陛下の身を案じると同時に、延命措置がかえって陛下を苦しめているではなないか?と心を痛め、また、本当はすでにお亡くなりになっているのではないか?という憶測も流れた。

 真相はさて措き、正月松の内が過ぎるのを待っていたかのように崩御のニュースが流れたのは事実。国民に迷惑をかけたくないという皇室の配慮があったのかも知れないが、それを知る由もない。

 昭和天皇が八王子の御陵に埋葬されると知り、三多摩の人間のひとりとして…

こんな身近に?

…と、驚いた次第。てっきり京都か奈良あたりに埋葬されると思っていたので。

 葬儀は粛々と進められ、報道各社は朝から途切れることなくその様子を中継し、日本中が水を打ったように静かに見守るなか、八王子の御陵に向かう葬列が中央高速道路の調布あたりに差し掛かった時、ソレは起きた。
 

中央自動車道切り通し爆破事件

 2月24日、東京都調布市内の中央自動車道深大寺バス停付近の切り通しにおいて、埋設された時限式の消火器爆弾2個が御葬列の御通過直前に爆発し、切り通し法面(のりめん)の土砂が大量に自動車道上に飛散、流出した(東京)。
 


大喪の礼警備

平成2年版 警察白書 警視庁編 – より

 
 テレビの画面からは、葬列を中継していた現場アナウンサーの緊迫した声が流れ、高速道路の映像には白煙がたなびいているのが映りこんでいた。

 葬列の通過がもう少し早かったら爆発に巻き込まれ、多少の被害は被ったに違いなかったが、幸いにも葬列の出発時間が遅れたか葬列がゆっくり進んだかのおかげで、爆弾は葬列が現場に到着する前に爆発し、被害を免れた葬列はそのまま多摩御陵に直行し、そして葬儀はすべては終わった。

あの日も雨だったように思う。

 後日、件の犯人が逮捕されたという報道は耳にしていない。

 ま、そんなこともあったという、昔話ですw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!