「馬の骨」w!

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 つい先日タレントの山里亮太さんと女優の蒼井優さんが結婚発表をして世間は意外な?組み合わせに驚いたワケですが、そのニュースで伝えられた蒼井さんの父親が発した一言に…

日本の歴史の重さ

…を再認識した次第。
 

山ちゃんのあいさつに蒼井の父親「どこの馬の骨」「お父さんと呼ばれる筋合いはない」
スポーツ報知 2019年6月5日 20時18分


結婚報告を行った山里亮太と蒼井優

 女優の蒼井優(33)とお笑いコンビ「南海キャンディーズ」の山里亮太(42)が3日に結婚した。5日、都内のホテルで2人で会見に臨んだ。

 蒼井の父親へのあいさつを問われた山里は「『一生かけて。優さんを幸せにします。結婚許してください』といったら、『こちらこそ、ありがとう』って言って肩を抱いてくれたんです」とみんなで涙ぐんだエピソードを語った。

 だが、それだけでは終わらず。蒼井の父親が「いくつかパターンがあるからやらせてくれ」とテイク2を提案。山里が結婚のお願いをすると「どこの馬の骨ともわからんやつに娘はやれん」と父親は回答。「1回、断ることをやりたかったので」と話した。

 さらにもう一度、山里が「お父さん」と呼びかけると「おまえにお父さんと呼ばれる筋合いはない。手塩にかけて育てた娘をおまえになぜやらないといかん」と激怒。それも演技で、蒼井は「そこで私が全力で止めて…」と話した。蒼井は「一人娘なので、いろいろやりたかったみたい」と父親の思いを代弁。山里は「3パターンあって、リハーサルもあるとは…」と驚いていた。

 

「どこの馬の骨ともわからない」の「馬の骨」って、いったい何?
アルク 分類:語源(馬の骨)

 「どこの馬の骨ともわからない」の「馬の骨」は、辞書では「素性のわからない者をののしっていう語」と説明されています。では、素性のわからない者をののしっていうのに、なぜ「馬の骨」でなければならないのでしょう。

 まず「骨」ですが、「骨」という漢字には「ひとがら」「からだ」など、骨だけでなく人全体を指す意味があります。「気骨」「老骨」などの「骨(コツ)」はこの意味で用いられています。「馬の骨」の「骨」も、文字どおりの「骨」の意味というよりは、こちらの意味であると考えられます。

 さらに、なぜ「馬」なのか…という問題が残ります。相手をののしっていう言葉ですから、人でない動物のほうが都合がよいわけです。ののしりの言葉に「人でなし」というものがありますが、これと同じ発想によるものでしょう。いくつか辞書を当たってみましたが、中に「馬の骨」と同義の言葉として「牛の骨」を挙げているものがありました。用例を見ますと、1600年代~1700年代「馬の骨」という言葉が使われ始めた頃は、「牛の骨」も同様に用いられていたようです。人以外の動物の中でも、当時(江戸時代)の生活において身近であった「馬」「牛」が選ばれたではないでしょうか。その後「馬の骨」という言い方の方が定着し、現在まで用いられているというわけです。

 
 ザックリ言うと「馬の骨」とは日本に渡来した騎馬民族の比喩であり、「どこの馬の骨だかわからないヤツ」という言い方を変えると…

出自のハッキリしている「馬の骨」

…であれば=娘にふさわしい「馬の骨」であれば、結婚を認めるのも吝かではないとも受け取れるワケです。

 で、これが何を意味しているのかというと、全国のアチコチに「馬の骨」がいた(ちなみにワタシは多摩の「馬の骨」)というコトと、どうやら「馬の骨」にはピンからキリまであったらしいというコト。

 異端の歴史家八切止夫によると、日本に渡来した騎馬民族は「白村江の戦い」以降日本に居座った中華勢力=藤原氏によって被差別(賎民)扱いを受け、各地の「居付き地」=「部落」に押し込められたと。

 さらに足利幕府の散所奉行によって「散所」=「部落」は管理されるようになるワケですが、下克上の戦国時代になり「部落」からも雑兵が集められるようになると、「部落民」=「馬の骨」が部落の外に出て行くようになり、なかには戦で功を成しひとかどの武将になる者も現れたそうな。

 具体的な例はアレとして、有力な武将を輩出することができた「部落」とそうでない「部落」とではその後の「部落」のランクに差=部落間格差が生じて、ほんらい同じ被差別対象でありながら「優越感」を抱くようになるワケです。

 ま、「一般奴隷」と「奴隷長」のようなもので、結局は奴隷の身分には違いないワケですが、惨めな立場だからこそ「優越感」を持つことでカタルシスを得たかったであろうことは、現代人にしても何ひとつ変わりませんw

 話を戻すと、「どこの馬の骨云々…」というのは権力者(支配層)側からの観点はモチロンのこと、被支配層=「部落」どうしの優劣の付け合いという一面もあるというコト。

 そしてそうした「因習」というか「伝統」が日本に根強く残っているという事実は…

国民全体が奴隷根性に染まっている

…ということの査証ではないのか?という話。

 この「奴隷根性」が社会に蔓延しているが故に、日本は「大宝律令」の時代から構造的に変化していないと多くの人が指摘しているワケですが、悲しいかなそうした指摘は無視されたり、情報の洪水に呑み込まれてしまうのが常ですw。
 

 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 
追記:

 この人なんかも「奴隷根性」が染み込んだ「典型的な日本人」の一例ベトナム人には「奴隷根性」なんてないので、店に対して遠慮なんてしませんw。「スタバ」だろうと「ドトール」だろうとカネを払ってコーヒーを飲むだけw。

 ベトナムがアメリカを退けることができたのは、まさに「奴隷根性」の違いの一点に尽きますw。