田中正造と山本太郎

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 参議院選挙戦も終盤にさしかかり各立候補者の街頭演説も熱を帯びているワケですが、そうしたなか注目(支持)を集めているのが「れいわ新選組」の党首山本太郎氏。ネット上でも多くの人が期待を寄せているようですw。
 

 
 ワタシにしても同氏の主張には傾聴に値する点が多く、賛同するに吝かではないのですが、現在の同氏を取り巻く…

無責任な熱気

…には一抹の不安を覚える次第。

山本太郎なら日本の政治を変えてくれる!

…といったような「他人任せ」の政治姿勢というか?観念がいまだにはびこっているように思う次第で、グラムシがいうところの「受動革命」(カエサル主義)から脱却できていないワケです。
 


アントニオ・グラムシ – Wikipedia

 
世界に浸透するアントニオ・グラムシの思想
ル・モンド日本版 – より
 
英雄の危険性について
2010年9月7日
 
 「個人革命」の必要性をくり返し述べてきたワタシとしては、当時不勉強で知らなかったアントニオ・グラムシが同じようなコトを「ノート」に書き残していたのを知り…

同志よ!

…と感激したワケですが、当時より今のほうが「受動革命」の意味も多くの人に理解され易いのではないかと?

 「受動革命」=「他人任せ」では世の中は根本的には変わりません。本気で世の中が変わることを望むのなら、先ず自分から変えていく必要あるというコトで、それが…

個人革命

…の言わんとするトコロであり、仏(ホトケ)の教えにも適っているワケです。
 
自灯明的生き方のススメ ― 仏教は「ブーム」なんかになりえない
ハフィントンポスト 小出遥子:文筆家
 
 ひとりひとりが「まともな社会」を望み、そのビジョンに沿って生活スタイル(意識)を変え、そうした「自灯明的生き方」をするひとたちがある水準を越えることで「ヘゲモニーの反転」=「社会変革」が起こり、そしてこうした「変革」(革命)は持続性および不可逆性に裏打ちされているが故に、目だった「英雄」が失脚するような事態が起きても「変革」が頓挫することはないワケです。

 過去の例を引き合いに出すと「足尾鉱毒事件」で有名な田中正造にしても、その最後に残した言葉は…
 

「お前方、大勢来て居るようだが、嬉しくも何とも思はねえ。お前方は、田中正造に同情して呉れるか知らねえが、田中正造の事業に同情して来て居るものは、一人も無い。―行って、皆んなに然う言へッ」

 
…という恨み節?であったそうな。つまり田中正造に同情(御輿に担ぐ)することはあっても、事業に同情(行動を共にする)を寄せる者はなかったと。

 これも「カエサル主義」の挫折例のひとつといえ、同じ様な事態が再び起こる可能性は低くないという話。
 
足尾鉱毒反対運動指導者田中正造と群馬県館林地域の人々-東日本大震災の歴史的位置
2011年7月20日 投稿者: Hisato Nakajima
 
 民衆は田中正造の正当性を支持しつつも、自分の生活を優先させて事業には従えなかったとのコトで、その心の負い目が田中正造を忘れられない存在にしているワケです。

 そして現在、同じような社会状況(生活苦)に置かれているワタシたちが、山本太郎氏をかつての田中正造と同じような境遇に貶めてしまう可能性は非常に高いと危惧している次第。

 そう思わざるをえないほどネット上には山本太郎氏に対しての「無責任な熱気」が書き込まれていて、無防備に浮かれていると足元をすくわれかねませんw。

 グラムシの話に戻ると「陣地戦」という考え方は重要であり、「ヘゲモニー」の形成にインターネットが有効であるのは認めるにせよ所詮は…

「仮想空間」

…にすぎず「陣地」たりえません。実社会を変えるには実社会にコミットする「陣地」=「実体のある存在」=「人」が必要だというコト。そしてその「人」は…

個人革命

…によってヘゲモニーの一隅を担う存在でもあるというコト。

 以上のことがひとりでも多くの人に了解され、共有されれば…

社会変革も夢では無い!

…という話w。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!

 
 
追記:

 現状を打破したいと思っているのは、なにも日本国民に限った話ではなく、ヨーロッパでも、「自由」の名を騙る「欲望主義」に気付いた人々が立ち上がっていますw(英雄抜きで)。
 


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