麒麟はくる 2

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 飽きずにドラマ(麒麟がくる)絡みのネタを続けます。で、はじめの頃にドラマの中で語られた「説話」によると、争いのない平和な世になると「麒麟」という瑞兆が現れるのだとか。

 つまり、「麒麟」が世の中に平和をもたらしてくれるのではなく、あくまでも人の手で平和は成されなければならないという話で、ドラマの設定が戦国時代なので「武力による争い」を軸に話は進むワケですが、「争い」の形態には様々な種類があります。よね?

 「プライド」をかけた争いだとか、「地位」をかけた争いだとか、「利益」をかけた争いなどの他に、日常的な…例えば「嫁と姑」の争いとかいった些細な争いも含めると切りがありませんし、それはひいては…

ワタシたちは「争い」のなかで一生を終える

…というコトなのかも。

 であるならば、すなわちワタシたちが「争い」を離れては生きられないのであれば、「麒麟」を目にすることはおそらく未来永劫に無いのかも知れません。少なくとも現状のままでは。

 そもそも「争い」を生み出すものは何か?というと、その一番の根底にあるのは「価値観」の共有であり、「価値観」がかけ離れていれば「争い」の原因すら発生しません。極論を言えば…

人間とサルとでは棲む世界が違う

…のと同じ。

 「争い」が生じるには「価値観」や「概念」が共有された状況が必要であり、つまりワタシたちが「争い」を離れて生きられないのは「社会」という…

「概念の檻」

…の中にいるから。

 とはいっても、この「檻」を飛び出して生きるには相当な労力を要するのは確か。それはつまり、ひとことで言えば「自給自足」を達成できるか否かにかかっていて、「分業」によって個人の負担を減らし「楽な生活」を目指してきた「文明社会」の発展の在り方に、敢えて逆行するワケですから。

 それでも、A・K・ルグィンは『オメラスから歩み去る人々』というSF寓話で、こうした「檻」から飛び出す人たちのことを描いています。

 ちなみにワタシが同書の存在を知ったものも、やはりドラマ(「モズ」)が関係していて、「オメラス」の寓話を語った元公安のテロリストがいまは明智光秀を演じているなんて、なにか因縁めいたものを感じる次第。
 

 
 「悪い癖」で話が散漫になりがちですが、要は、ワタシたちは「何を争っているのか?」を振り返ってみる必要があるというコト。

 幸か不幸か「新型コロナウィルス」は、現在の日本社会が抱える脆弱性と政治的な問題を否応無しに多くの国民に突き付けています。

 そしてそれらから目を背け、「元の暮らし」とやらに何食わぬ顔をして戻るのがイイことなのか?ワタシにはそうは思えませんし、ひとりでも多くの国民(おとな)が…

このままじゃダメだ!

…と克己しない限り、伊丹万作氏が言っているように「日本の国民というものは永久に救われない」が現実化するやも。

不幸の連鎖を断つ

…のは今でしょ?「新型コロナウィルス」は日本国民のみならず、世界中の人々を目覚めさせる「カンフル剤」になるやも知れません。

 ひとつ、卑近な例を挙げると「10万円」の給付金も、政府からの「お恵み」ではなく国民の当然の「権利」であるのは以前にも述べた通りですが、一般的には、「お上」に助けてもらうという「封建時代」からの「価値観」が骨の髄まで染み付いていて、「インテリ」であるはずのマスコミ関係者も「お上」の言いなりに国民を謀っている次第。

 さらに言えば、「お金」そのものの考え方を変える時代というか、「本来のあり方」を取り戻す機会に遭遇しているワケです。

 小難しい話は苦手なのでザックリと言うと…

お金とは「権利」の移動の手段である

…ということ。「新型コロナウィルス」による経済活動の停滞で何兆円もの「お金」が消えると騒いでいますが、「お金」が消えたからと言って「地球」の一部が消滅するワケじゃありません。畑の大根が忽然と消えて無くなるワケじゃありません。「お金」が消えようとも「実体」は残ります

 消えてしまうのは「実体」をやり取りするための「権利」です。

 最近聞かなくなりましたが、確か?地球上の総資産の半分をたった1%の富裕層が所有しているというアレ、覚えてます?この場合の総資産とは「実体」に対する「権利」の行使を意味するものですが、であるならば、1%の富裕層が地球上の資源の「半分」を独占できるのか?というと、現実的に考えて「絵空事」であるのはあきらか。

 各国の指導者がマトモな見識を持っていれば、自国の国民を守るために「不当な権利の行使」を認めず、言葉は悪いですが、かつてのアイスランドのように…

債務の不履行

…を宣言するだけの話。

 もう一度繰り返しますが、「お金」とは「権利」の移動の道具であって、「権利」は「実体」に効力を発揮する以上、「実体」以上の「権利」は存在しえないというのが真相。

 したがって「実体」以上の「権利」=「お金」が消えようが、原理的には現状の実生活には影響を及ぼさない…となるワケですが、使えもしない「権利」=「お金」を貯めこむのが好きな連中は、貯めこんだ「膨大な権利」を盾に取って「支配権」を維持していて、はやい話が…

「お金」は支配の道具

…だというコト。

 そして多くの人が「お金」に振り回されている一因には、こうした「支配権」を手に入れたいという願望が心の奥にある、というのが「凡庸な悪」の言わんとするトコロ。

 「お客様は神様です」と三波春夫は言いましたが、「神様」ならまだしも「独裁者」の如く振る舞う「お客様」は勘弁願いたいでしょ?

「お客様は神様です」の本来の意味を知ってほしい
NAVERまとめ 更新日: 2020年02月15日

 ワタシの言わんとするトコロ…伝わりました?
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!