覚醒のとき

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 アメリカに端を発する人種差別への抗議運動が欧州にも伝播しつつあると海外ニュースは報じていますが、ここ日本ではどこ吹く風。

 「In Deep」というサイトによると「ガンジー像」までもが抗議運動の巻き添えに遭ったそうで、意外に思うかも知れませんがガンジーと「人種差別」は全く無縁というワケでもありません。
 


「In Deep」 より

 
ガンジーの強烈すぎる「人種差別発言」発覚でアフリカの大学が銅像を次々撤去!「黒人は未開人で…裸で…」
TOCANA 2018.12.17
 
 インド独立のために尽力したがゆえに「聖人」あつかいされていますが、そもそも英国植民地時代に英国に留学したイギリス寄りのインド富裕層の子弟であり、本来は英国の代理人のような立場であったのがアフリカの「インド人」が「黒人」並みの待遇であったのを目の当たりにして、俄然、「ナショナリズム」に目覚めてインド独立に邁進。
 
マハトマ・ガンディー – Wikipedia
 
 冒頭にガンジーの言葉を引用しているワタシではありますが、こうした事実を知ったうえでのコト。

 英国かぶれしていた時期のガンジーは確かに「黒人」に対しての「インド人」の優位性という「差別」に囚われていましたが、視点を転ずれば「英国人」の「インド人」に対する「差別」と同じようなものであり、それを実感したがゆえに宗主国に反旗を翻したと。

 ガンジーにしても生涯の全時期を通して「聖人」だったワケではなく、「未熟」で「愚か」だった時期もあったという話。人間だもの。

 大切なのは「未熟」な自分を「成長」させることであり、それゆえ「未熟」だった頃のガンジーには目をつぶり、彼の言葉を引用している次第。

 とはいっても?「吐いた唾は飲み込めない」などと言われるように、自分の「言動」「行動」にはよくよく気を付けなさいというのが日本的な教えであって、ワタシとしては「ガンジー像」を標的にしたひとたちの気持ちも解らないではないし、「あの世」のガンジーも自分の「未熟」さを恥じることはあっても、自分の像を汚したひとたちを怒りはしないと思う次第。

 ガンジーといえば「無抵抗主義」が有名ですが、それと同じ…もしくはそれ以上に重要なのが…

不服従運動

…であり、「不服従」の権利(精神)は日本国憲法にも…。
 

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する
 
「日本国憲法」 前文より

 
 日本人は「規律」を守る国民だとそれが「美徳」であるかのように言われますが、ワタシたちが「規律」を守るのはそれが必要だと「同意」しているからであって、不必要な…そして不公平な「規律」を強要されてそれに「不本意」ながら従っているのだとしたら、それは「規律」を守っているのではなく…

「服従」している

…ようなもの。

 話が大げさになってもアレなので身の周りを見渡しても、自分は一切「服従」なんてしていないと言い切れるひとがどれだけいるか?ワタシにしても「服従」から逃れられない生活を送っています。

 インターネットひとつをとっても結局はプロバイダーに「生殺与奪」の権限を握られているワケで、それが嫌ならブログなんて止めてしまえという話。

 ただ、「制約」を受けて「服従」しなければならない環境下であっても、「何かの足し」になればという想いは捨て難く、くわえて「バタフライエフェクト」に鑑みても些細なことであろうと「書く」のと「書かない」のとでは、「未来」に対する責任からして無関心ではいられないという、ただそれだけのコト。

 どうも漫然とした話になってしまい恐縮ですが、ワタシとしてはひとりでも多くのひとが「未来」に対する責任に「覚醒」すれば…

世の中(社会)はもっと良くなる

…と思う次第で、今現在の状況は「自分」および「社会」について考えるイイ機会であることは確か。

 「新型コロナウィルス」の影響はアメリカや欧州のみならず地球規模で同時進行している現象であり、現在の状況を少しでも世界(日本)が良くなる方向に向かわせるのが…

今を生きているすべてのオトナたちの責任

…ではなかろうか?と。そしてそれを成し遂げるためにも、くれぐれも「パニック」=「心理的混乱」を引き起こさないことが肝心ですw。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!