コロナだかカローラだか知らねえがw

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 蝉が鳴きはじめましたなw。おとといも夕暮れ時にヒグラシの鳴くのを耳にしましたが、今朝はアブラゼミが鳴いてましたわ。梅雨のあい間の陽射しを逃すまいと、必死に生きようとしている様には心打たれますw。全てを「新型コロナ」のせいにして呆けている人間とは大違いですわ。

 「新型コロナ」は政争の道具化しているというのがワタシの直感ですが、それに輪をかけてマスコミやメディアがはしゃいでいるように見えて仕方ありませんw。

 「てえへんだ!てえへんだ!」と騒ぐのが彼らの仕事ゆえ「水を得た魚」のように生き生きしているのはアレとしても、ソレに乗っかる…

刺激を求める大衆

…がいるからこそ彼らの仕事も成り立つワケであって、実は?みんな秘かに「新型コロナ」のもたらした「非日常」を楽しんでるんじゃないの?

 ある意味では「新型コロナ」はすべての人に平等であり、カネ持ちだろうと貧乏人だろうと「同じ物語」の登場人物になれるワケで、社会システムの中で不満を抱える人たちからすれば…

精神的な下克上

…を味わえるという話w。

 おそらくこうした「社会的ルサンチマン」は人間の心理面において人種や国境を越えた普遍的なものであり、程度の差こそあれ世界中で同じようなことが起きているというのがワタシの見解。つまり、伊丹万作氏が言うトコロの…
 
「だます側」と「だまされる側」が揃った状態
 
…に世界は置かれているというコト(あくまでも私見)。

 「だまされる側」に身を置き無謬を装っていればラクはラクですが、じゃ…

どこまでだまされれば気が済むのか?

…という話で、先の世界大戦ではとうとう「原爆」を落とされ「敗戦」を受け入れるまで「だまされる側」に自発的に身を置き…

だまされていた

…とみんなが「被害者」を装い責任逃れして、ほおっかむりを決めこんだ次第。
 

 
 「自粛警察」などと揶揄されている人たちは「国防婦人会」のようなものかも知れませんw。

 「だまされる側」に身を置くことはラクですわな、「だまされまい」とする努力をしなくて済むワケですから。でしょ?

 ワタシの考え方が正しいかどうかなんて、時が経てば分かるコトであってさほど重要な意味はありません。それよりも「肝心」なのは…

「新型コロナ」が人類を試している

…という視点であり、対応の仕方によってこの先の未来も大きく変わるというコト。

 「ラクだ」というだけで惰性に流され、はしゃいでいるうちに辿り着く先は「バラ色の未来」なのか?

 ワタシが言いたいのはそれだけ。ワタシはワタシなりに「バラ色の未来」を模索しつつ…
 
オメラスの荒野をひとりゆく
 
…所存です(仲間がいればそれにこしたことはありませんが…)。 
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!