「もののふ」たらん!

“あなたの行う行動がほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければならない。”

“それはあなたが世界を変えるためではなく、あなた自身が世界によって変えられないようにするためだ。”

マハトマ・ガンディー


 「騙される」ことを喜ぶ人はまずいません。そして「騙された」ことを知ればそれに対して怒りを覚えるもので、これは世界共通の「普遍的」な感情ではなかろうかと?

 「騙し」がいかに巧妙であろうと、事実にそぐわないものは必ず「ほころび」が生じて破綻するものです。そうなれば「騙した側」は信用を失い、社会的にもその居場所を失うコトになるでしょうし、そうした事態が大きな=国家的スケールで起これば…

革命へと発展する

…コトもあり得るワケです。

 先に引用した「ル・モンド」の記事に…
 

不快な雰囲気ややり場のない憤りが醸成されている。部屋の真ん中に火薬の入った樽が置いてあり、誰かがそれに火を付けるのを待っているかのようだ。

 
…という、「フランスの社会状況」を記した一節がありましたが、これは丸ごと日本にも当てはまるのでは?そしておそらくはアメリカやイギリス、ドイツなどにも。

 いよいよ「騙し」が通じなくなったと悟れば、欧米の指導者は手のひらを返すように「正しい情報」を流し始めることでしょう。彼らは「革命」を歴史的に経験しているがゆえに「革命」を恐れているから。

 もしそうした事態になった場合、日本の指導者はどう振る舞うのか?は、先の世界大戦の「敗戦責任」に、マスコミ含む当時の責任者たちがどう向き合ったか?を鑑みれば、答えは自ずと明らか

 代議士の秘書が不祥事の「責任」を取って自殺する…なんてごくありふれた?今日的な風景ですが、「戦争責任」を現場の部下に押し付けた当時の指導者と、まったく同じことが今だに繰り返されているワケです。
 

いま我々を覆っている不幸は、やがては過ぎ去る貪欲であり、
 
人類の進歩を恐れる者たちが撒き散らしている「ニガリ」なのだ。

 
映画「独裁者」より

 
 人間は「愚か」な存在であるにしても、「愚か」であることを自覚できるがゆえに「進歩」することも可能なワケで、こうした能力(SPEC)を授かった生き物は、地球上で人間だけです(たぶん)。

素晴らしいじゃあwりませんか!

 この能力を存分に発揮して「人間らしく」人生を送りたいものですし、ワタシ個人としては「そう在りたい」と自分自身に言い聞かせる毎日。なんせ、基本「怠け癖」が強いもんでw。

 ま、ポンコツの体ではありますが、だからこそ余計に…

人間らしく生きたい!

…という思いが強く湧くのかも知れません。
 

 
 「健常者」であった頃には当たり前のように生き、「現実」と「自分」との境界線も曖昧であったのが、手術の後遺症で常に「痛み」と「痺れ」を抱えながら生きることになってから、以前には無かった「膜」のようなものが「現実」とワタシ(内面世界)の間に立ちはだかり、この「膜」を濾過されることで「現実」がより「リアル」に見えるようになった気がします。

 「人間らしく生きたい」という想いを強く抱くようになったとの同時に、誰であろうと…

人間らしく生きて欲しい

…と思いますし、それゆえ「人間らしく生きる」という、すべての人に共通の願いを奪おうとする連中には絶対に与すまいと。それがもののけ…もとい…

「もののふ」の本懐

 ちなみに、「もののふ」=「武士」の「武」が意味するのは「矛」を「止める」であって、すなわち「防御」というコト。したがって「戦闘能力」が高ければイイという単純な話ではなく、本来、「防御力」は武士にとって最も重要な嗜みであり、「ひ弱」であろうと「知的防御力」を以って大切なものを守らんとするならば、老若男女を問わず誰であろうと…

ひとかどの「武士」なり!

…という話。

 「悪い癖」で話が散漫になって恐縮ですが、「要点」をまとめると、「騙された」ことに憤る感情は「革命」の火種になるだろうというコトと、だとしても、怒りに任せて冷静な分別=「知的防御力」を失ってはいけないというコト。「革命」においてはしばしば「カリスマ的指導者」が登場し、そうした「指導者」に煽られかつ、頼りたくなるものですが、グラムシはこれを…
 
カエサル主義
 
…と呼んで諫めています。小難しい話は抜きにしてザックリ言うと、「カエサル主義」は大衆の力が一点(カリスマ的指導者)に集中するがゆえに「危うい」というコト。ちょうど「やじろべえ」みたいに。
 

 
 そうではなく、シッカリと地に根を張った=大衆の実情に則した「社会変革」こそが求められるワケで、「点」ではなく「面」なのだというのが…

ヘゲモニー論

…だとワタシは理解しているワケですが、これを東洋的というか?日本的に咀嚼するならば…

ひとりひとりが「もののふ」たれ

…となるワケです。はい。

 マスメディアおよびネットで様々な情報が交錯して「混乱」している人も多いかと思いますが、ワタシとしては一人でも多くの人に、「新型コロナ」に立ち向かう「もののふ」になって欲しいと思う次第(もちろんワタシも)。
 
 
 
 

人間ナメんなよ!

でわっ!