「負債」としての「お金」 (2/5)

■ 現代のマネー・システム

 長い間のうち、中央銀行に支えられた銀行ネットワークの準備預金制度は、世界的に広がりました。同時に、マネーに対する金の裏づけの割合は、着実にしぼんでゆきました。お金の基本の性質が変わったのです。以前は、お金は「価値(ゴールド)」を表していたのですが、現在は「負債」を意味します。

 過去においては、紙幣のドルは金銀に交換出来る、兌換券でした。現在では紙幣、あるいは銀行口座の数字であるドルは、単に他の紙幣、および数字のドルに交換出来るものでしかありません。
 
 過去には、個人的につくられた受領書での支払いを、私たちが受取ることを拒否出来たように、人々が受取り拒否出来る形で、民間銀行の紙幣が存在しました。現在では、民間銀行が造ったお金が、政府の認める合法的な不換紙幣となってます。

 私たちがお金とみなしている、ドル、カナダドル、ポンドです(&円)。法定通貨は、政府によって造られます。法律では、市民がこの法定通貨を受け入れなければならないと明言しており、このお金を使わないと、裁判所は助けてくれません。

そこで質問です。

 もし政府と銀行、両方がお金を創造できるとして、一体いくらのお金が存在するのでしょうか?過去には、お金の総量は、実際にある貴金属の総量に限られていました。たとえば地下の洞窟から、新しい金銀が見つかった場合、それに見合うお金が造り出されていたわけです。

 現在では文字通り、お金は借金として造り出されています。新しいお金は、誰かが銀行からお金を借りると造られるのです。結果としてお金の総額は、人々が借りられる限界の総借金額となります。
 

アメリカの総負債
1957年 ⇒ 5兆ドル
2006年 ⇒ 45兆ドル
2015年 ⇒ 80兆ドル

 
 政府は、新しいお金の創造に、預金準備制度として知られるルールを強制することによって、法的限度を設けました。基本的に預金準備率は任意で、国ごとに、そして時々変化します。

 過去において銀行は、少なくとも金庫の中の、実際の「金1ドル」の価値に対して、「10ドル」のお金を創造出来るのが普通でした。今日、預金準備率は金の保有量に限定されず、新しく信用創造される金額は、銀行が所有する資産によります。

 今日、銀行は、ふたつのものから成る資産を持っています。政府の発行した現金と、銀行が中央銀行に預けているお金。プラス、銀行が持っている口座預金の総額です。これを簡単に説明しましょう。

 想像してください。新しい銀行がスタートしました。預金者はまだいません。しかしながら銀行が、資本金から1,111.12ドルの現金を、保証金のため中央銀行に預けます。銀行の預金準備率は、9:1です。
 

ステップ 1

 ドアが開き、新しい銀行は最初のローンのお客様を迎えます。彼は車を買うために、1万ドルが必要です。新しい銀行は、9:1の準備率で、中央銀行に預金(1,111.12ドル)があります。これは、ハイパワード・マネーと呼ばれるもので、これを元手に借り手の借金の誓約があれば、9倍の1万ドルものお金を無から創造することが、合法的に認められています。

 
 この1万ドルは、どこからか持ってきたものではありません。その真新しいお金は、単純に銀行の信用貸しとして、借り手の口座にタイプされたものです。借り手は中古車を買うために、銀行クレジットの署名欄にサインします。
 

ステップ 2

 それから車の売り手は、新しく作られた1万ドルを、彼女の口座に預金します。中央銀行に預金されたハイパワード・マネーと違って、この新しく造られたお金は、準備率によって増やすことが出来ません。その代わりそれは、その準備率によって分けられます。9:1の割合で、新しいローンの9,000ドルが、1万ドルの預金を元に創造されます。

 

ステップ 3

 もしその9,000ドルが、その後第三者によって、同じく銀行に預金されたとしたら、同じ銀行が造ったものであれ、あるいは違う銀行のものであれ、それは三回目の信用創造の合法的な基礎になります。今回信用創造出来る金額は、8,100ドルです。

 
 ロシア人形(マトリョーシカ)が、その内側にさらに小さい人形が、順番に入っているようなものです。各々の新しい預金が、減少しながらも、次の新しいローンを生み出す元になっていくのです。
 

 
 もしもローンで造られたマネーが銀行に預けられないならば、その工程は止まります。それはお金の創造メカニズムにとって、あってはならないことです。しかし実際は、新しいお金は預金され、この工程が繰り返されることによって、10万ドルまで、新しいお金が創造されることになります。

この新しいお金は、すべて借金によって創られたものです。

 このような工程が、最初に中央銀行に1,111.12ドルを預けることによって、合法的に認められているのです。1,111.12ドルは、中央銀行に誰にも触られることなく残っています。しかもこの天才的システムのもとでは、銀行の帳簿は、その銀行の融資額よりも預金額の方が、10%以上多いことになります。

 このことは一般的な印象として、銀行の融資が預金から出ていると誤解させ、預金を得ようとする現実的な誘引となっています。どんな銀行でも、単独では預金の90倍ものお金を創れません。準備預金制度のおかげで創れるのです。

 しかもそのシステムは、ひとつの銀行で創られる信用貸しが、もうひとつの銀行の預金となって循環していくのです。

 このような工程は、ひとつの銀行の内で行えるものではありません。準備預金制度によって、銀行が最初に1,111.12ドルを中央銀行に預けておくことにより、実際には持っていない10万ドル分の利子を、集めることが許されるのです。

銀行は、自分で持っていないお金を貸し付ける!
 

 
 それが奇妙に思われるなら、これはどうでしょう。各国の中央銀行は、預金準備率を守ってきましたが、ロビー活動によって最近10年では、以前より高くなっています。あるところでは20:1…30:1も普通のことになっています。
 
 さらに最近では、預金準備を膨らますため、ローン手数料を利用することで、銀行は今や完全に、準備率の限界を打ち破りました。ルールは複雑になる一方ですが、現実はきわめて単純です。銀行は、私たちが借りられる限界までのお金を創ることが出来るのです。
 

「誰もが潜在意識では、銀行がお金を貸していないことに気づいている。あなたが貯金をおろすときに、銀行はあなたに言わないでしょう。あなたはお金をおろすことは出来ません。なぜなら、そのお金は誰かに貸してしまってますから。」

― マーク・マンスフィールド : 経済学者・作家

 
 途絶えることのない造幣局の稼業にもかかわらず、政府が造るお金は、循環しているお金の5%以下にすぎません。今日、95%以上のお金は、銀行に対する誰かのローンによって創られているのです。

 何のことはない。この信用貸しのお金は、新しいローンが組まれるにつれて、また、古いローンが償却されるにつれて、毎日莫大な量が造られたり、無くなったりしています。
 

「私が残念なのは、一般市民は、銀行がお金を造ることができるのを知らされていないことである。そして、国家のクレジットを管理する彼らが政府の政策を指揮し、人々の運命を奴隷のように握っていることを。」

― レジナルド・マッケンナ : 元英国ミッドランド銀行会長

 
 銀行は、政府の積極的な協力があってはじめて、マネーシステムを行使できます。
 

最初に:
政府は私たち国民に、認可された国家通貨を使うよう、法律を通します。
次に:
政府は民間銀行の信用貸しが、この、政府の認めた国家通貨で支払われるよう許可します。
3番目に:
政府議会・裁判所が、債務を強制します。
そして最後に:
政府は、市民と金融システム機能と信憑性を保護するための法規を可決します。

 
 その一方で、市民に…「お金が本当はどこから来るか」…については、何も知らせません。明快な真実は、ローン、あるいは抵当の書類にサインした時、その支払いは…

罰則として資産を提供する

…ことで裏づけされます。
 
 

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