「負債」としての「お金」 (4/5)

■ 金貸し

 たくさんの金利をローンにつけることは、高利貸しと呼ばれ、かつては死刑を含む厳しい刑罰が課せられました。主要な宗教はみな、高利貸しを禁止してました。習慣に関する議論の大部分は道徳的でした。

 お金の目的は、物とサービスの交換を容易にするものと、信じられていました。お金からお金をつくる行為は、泥棒、あるいは寄生者の行為とみなされていました。

 しかし、商業の増大に信用貸しが必要になるにつれて、貸すことは貸し手にとって危険と損失を伴うのだから、貸すことによって利益を得ようとするのは正当だとされました。

 今日、これらの概念は奇妙に思えます。今日、お金からお金をつくるという考えは、理想として目指すべき姿だと思われています。

何故あなたは、働いてお金を稼ごうとするのですか?

 しかし、持続可能な未来を思い描くとき、利息を課すことは非道徳的で、問題があることは明らかです。何世紀もの間存続出来る社会と経済を、想像してみてください。資源の蓄えを浪費する代わりに、一日に得られる資源の範囲内で生活する事を。

 地球が生産出来る以上の資源を、無駄に使うことは止めましょう。太陽や重力、地熱、磁気、その他の全てのエネルギーは、再現可能です。再利用し、全てをリサイクルすることによって、資源の再現可能な範囲内でのみ、この社会は持続可能です。

 人は死んだり生まれたり、人口は自然に置き換わっています。そんな社会は、永遠の経済成長を必要とするマネー・システムを使っていては、決して実現しないでしょう。少なくとも崩壊することのない、安定したお金の供給を必要とするでしょう。この安定したマネー・サプライの総容量は、地球による生産量の範囲内にあるべきです。

 また、金貸したちが、実際貸すためのお金を持っていると仮定しましょう。もしその貨幣で、銀行家たちが利息付きの貸し出しを始めたとしたら、やはり彼らは儲かり、成長するでしょう。

 もし彼らが利息で稼いだ全てのお金を、再び貸し続けるならばどんな結果が起こりますか?それが金貨か借金のお金かは問題ではなく、金貸したちは、全てのお金をものにしているのです。そして、閉鎖や破産が起こされた後で彼らは本物の財産を手に入れるわけです。

 全住民の間で、貸出金利の収益が均一に分配されたときだけ、この問題は解決します。銀行利益への重税は、この目標を解決に導くかもしれません。しかしそうすると、銀行はビジネスすることを望むでしょうか?

 もし私たちが現状から自由になることが出来るとしたら、銀行の金利収入を、全ての人々の配当として分散させるということが想像出来るかもしれません。
 

「論理と根拠を持って、連邦政府が自分のお金を借りていることを、正当化できる人間に会ったことはない。人々が、これを変えることを要求する日がやって来ることを、私は信じる。この国において、バカげたシステムが続いていることを許しているくせに、怠惰に座っている議会員。あなたや私が責められる日がやって来ると、私は信じる。」

― ライト・パットマン : 銀行通貨委員会

 
 もしそれが、システムそのものの構造的な問題だとしたら、システムをヘタにいじくり回しても、問題は解決出来ないでしょう。システムそのものが、置き換えられなければなりません。金には信頼性の長い歴史があると主張して、多くの通貨の評論家が、金に基づいたお金に戻るべきだと述べています。

 しかし彼らは、金によって行われる多くの詐欺行為を無視しています。コインを軽くしたり、金属の質を下げたり、市場を独占したり、これらは古代ローマ帝国から行われていて、帝国滅亡の一因にもなりました。

 ある人は金よりも豊富にあり、独占を困難にする銀を薦めています。貴重な金属を再び使うことには、多くの疑問があります。誰も重いコインのサックを持って、買い物に行くことなど望みません。

 紙、デジタル方式、プラスチック、あるいはバイオIDマネーが、私たちが今持っている制限のない借金をつくるための、媒体になっているのは確かなことです。

 でもそれを飛び越えて、もし、ゴールドが再びお金の合法的な基礎となったら、ゴールドを持っていない人たちは、突然、全くお金がなくなってしまうでしょう。

 他の貨幣改革論者は、強欲や不誠実が主要な問題であり、正直で公正なマネー・システムを作るほうが、金や銀に戻るよりも良い方法なのかもしれないと述べています。創意に富む心は、お金を創造する代わりの方法の多様性を提唱します。

 多くのプライベートな交換取引システムが、銀行がやるように借金のお金を創造しています。それらは金利を課すことなしに、公然と行われています。

 ひとつの例として、時間をお金の単位として使うバーターシステムとして、タイムダラーがあります。全ての仕事が作業時間によって等しく評価され、その時間が、商品のドル価格と同じように認められます。この種のマネーシステムは、やる気があって信頼できる参加者を見つけられれば、そして、会計の手法を少し工夫すれば、誰でも構築できます。

 地域のバーターシステムを構築することは、例えそれが今ほとんど使われていなくても、あらゆる地域社会において、緊急な課題となるでしょう。
 
 
■ 貨幣改革、選挙改革

 選挙改革の様な貨幣改革は大きなトピックであり、変化への意欲と、既存の概念にとらわれない考え方を必要とします。また、貨幣改革は選挙改革のように簡単にはいきません。何故なら、既得権益を守るために、銀行家らは懸命に阻止しようとするからです。

 お金はただのアイデアであり、現実のお金は何であれ、私たちも創ることが出来ることを見てきました。ここに、熟慮すべきひとつのお金の簡単な代替案があります。このモデルは、過去に英国やアメリカで機能してきたシステムに基づいています。銀行家ゴールドスミスと彼らの預金準備制度によって、蝕まれて破壊されてきたシステムです。

 永続する金利のないお金を基礎にした経済をつくるために、お金は政府によって創られ、使われなければなりません。経済を促進させる、道路、鉄道、橋、港、市場のような、社会インフラ整備に使われるのが好ましいでしょう。

 この「お金(政府紙幣)」は、借金によって創られるものではなく、価値として創造されるものです。その価値は何であれ、費やされた後、形として残るものです。
 

 
 もし「このお金」が必要に応じて創られ、取引高に応じて容易に増減できるならば、インフレなど決して起こりません。もしこれによってインフレが起こったなら、ふたつの有効な方策があります。

 インフレは、お金に関して一律税の効果に等しいものです。お金の価値が20%落ちるのも、政府が私たちから20%税金を増税するのも、私たちの購買力に対する効果は同じです。

 このように見れば、必要な経費をまかない、限度を越えない限り、課税に代わるインフレーションも許容できるかもしれません。

 あるいは政府が、過剰なお金を税金として徴収し、お金の供給を減らしてその価値を復元するという、インフレ対策を行うことも出来ます。賃金や物価が下落するデフレをコントロールする場合は、政府は支出を増やし、お金の供給を増やします。

 民間銀行間の貸出し競争がなければ、政府は国家のマネーサプライをもっと効率的にコントロール出来るでしょう。事態が悪くなったなら、大衆は誰が批難されるべきかも分かるでしょう。お金の価値を変動させず保つことは、政府の責任となるでしょう。

 政府は、いま行っているように税金も補助的に徴収しますが、民間銀行家たちに利息を払う必要はなくなります。連邦政府が必要なだけのお金を創るなら、国家に借金は存在しないでしょうし、銀行が財政赤字の利払いを通して、私たちを永久に隷属させることも不可能になるでしょう。
 

「お金は奴隷の新しい形です。それは人格を持たないことから、特別扱いされてきました。主人と奴隷との間に、人間的関係などないのです。」

― レオ・トルストイ : ロシア人小説家

 
 

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