「負債」としての「お金」 (1/5)

「アメリカの実業界において、超大物の何人かの人々は、ある事を恐れている。彼らは知っている。どこかに、とても巧妙に、用心深く、かしこく、完全に連結され、邪道な、組織化された恐ろしい力があることを。そして、それを糾弾する声を出してはならないことも、わかっている。」

― ウッドロー・ウィルソン : 第28代アメリカ大統領

 

製作:
ムーンファイア・スタジオ
ライフボート・ビデオプロダクション

 

「いつのあらゆる時代でも、銀行はローンを作っている。新しい信用貸し。新しい預金。真新しいお金がつくられている。」

― グラハム・F・タワーズ : カナダ銀行

 

「銀行がお金をつくるプロセスは、心が拒否してしまうほど、簡単で受け容れがたい。」

― ジョン・ケネス・ガルブレイス : 経済学者

 

通貨の発行と管理をわたしに任せてくれ。そうすれば誰が法律をつくろうともわたしの知った事ではない。」

― マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド : 銀行家

 

 
 私たちの生活を支配している、ふたつの大いなる神秘がある。

愛とお金だ。

 「愛とは何か?」という疑問は、物語や本、歌、映画、テレビなどによって、際限なく探求されてきた。しかし、もう一つの疑問、「お金とは何か?」については、同じような探求はされてこなかった。

 お金の仕組みを、あらゆる超大作映画が、教えてくれないことは驚くことではないが、皆が通ってきた学校においてでさえ、ほとんど教えられることはない。私たちが、「お金はどこからやってくるの?」と疑問を持つ時、造幣局が紙幣を印刷したり、貨幣を刻印している様子が心に浮かぶ。

 私たちはお金が、政府によって作られていると信じている。それは本当だ。でも、事実の一端にすぎない。私たちがお金として考えている紙幣や貨幣は、造幣局という、連邦政府機関によって生産されている。

 しかし大半の莫大なお金は、造幣局によって作られているのではない。それは銀行と呼ばれる民間の会社で、毎日とてつもない金額が創造されているのだ。

 私たちのほとんどは、預金者によって預けられたお金を、銀行が貸し出していると信じている。だが、それは事実ではない。事実は、預金や、銀行が稼いだお金を貸すのではなく、借り手が約束している返済(ローン)から、お金を創造している。

 ローンの書類への借り手の署名は、銀行に対し、ローン金額と利息を支払う義務を負う。返済できなければ、家や車などの資産を失う誓約をさせられるのだ。それは、借り手が果たさなければならない、大きな約束である。

同じ署名が、銀行にも必要とされているだろうか?

 銀行は、借り手の口座にローン金額をちょっと書き込むだけで、魔法を使ったように、その金額を手に入れる。それって、絶対おかしくないか?でも、それは事実なのだ!

 この、近代の銀行の奇跡を説明するために、ちょっとした昔話をしましょう。ゴールドスミス(金細工師)の物語です。

 過去さまざまな時代に、いろんな物がお金として使われてきました。それは、持ち運び出来るものでなければならなかったし、後になっても、衣食住に関わるものに代えることが出来る、人が、「十分に価値がある」と認めるものでなければなりませんでした。貝、ココビーンズ、きれいな石、羽根でさえ、お金として使われました。

 金と銀はとても柔らかく、簡単に加工出来るものとして魅力的で、地域の人々の中から、金属の専門家が誕生しました。ゴールドスミス(金細工師)は、コインを鋳造することによって、取引が簡単に出来るようにしました。

 このコインは標準化された単位として、重さと純度が保証されました。そのお金(コイン)を守るために、ゴールドスミス(金細工師)は金庫を必要としました。やがて町の仲間がやって来て、彼らのコインや貴重品を守るための場所を貸してくれるように頼むようになります。

 しばらくしてゴールドスミス(金細工師)は、金庫の中を棚ごと貸し出し、金庫貸しとして、ちょっとした収入も得るようになりました。何年か過ぎ、ゴールドスミス(金細工師)はずる賢い観察をしました。

 預金者は、彼らの金を実際に動かすことはめったにない。そして彼らが、まとめて一度に金を取りに来ることもない。

 そこでゴールドスミス(金細工師)は、金の預り証に決済機能を与え、それがあたかも、金そのものであるかのように町に流通してゆきました。この紙のお金は、重いコインよりとても便利で、支払いの時、いちいちお金を数える代わりに、金額をただ書き入れるだけでいいのです。

 一方、ゴールドスミス(金細工師)は、金に利息をつけて貸し出すという、もうひとつのビジネスも始めました。彼の便利な紙のお金が、受け入れられることによって、借り手は金属に代わって、紙のお金でローンを頼むようになりました。

 産業が拡大するにつれて、さらに多くの人々がゴールドスミス(金細工師)に、ローンを頼むようになりました。これが彼に、さらに良い考えをもたらしました。彼は、ほとんどの預金者が、金を実際に動かすことがないのを知っていました。

 彼は考えました。自分の持っている金に加えて、預金者たちの金(他人の金)を担保に、紙幣を貸す事ができるのではないか?と。ローンが返済される限り、預金者は何も気づかず、何も悪いこと(損)はない。

 こうしてゴールドスミス(金細工師)は、もはや金細工職人でも、金庫の貸し手でもなく、とても大きな利益を生む、銀行家という存在になりました。

 何年かゴールドスミスは、密かにすべての預金者の金を元手にして、金利の良い収入を得ていました。今や、ゴールドスミスは傑出した銀行家となり、同じ町の仲間よりも裕福になって、誇らしげにそれを誇示しました。

 町の住人たちは、彼が預金者の金を使い込んでいるのではないかと、疑いを持つようになりました。預金者たちは集まって、もしゴールドスミスが、彼の財産についてはっきりしないならば、金を引き出すぞと脅しました。

 期待とは裏腹に、これはゴールドスミスにとって惨事にはなりませんでした。彼の計画は、生来のペテンにもかかわらず、アイデアはうまくいったのです。預金者は何も失くすことはなく、彼らの金はゴールドスミスの金庫の中で、安全であったのです。

 そこで今度は、彼らは金を引き出すよりも、ゴールドスミスに、金利で得た分け前を支払うように要求しました。これが、銀行業の始まりとなりました。

 銀行家は低い金利を預金者に支払い、それから高い利子をつけ、借り手に貸し出しました。その差額が、銀行の利益と営業経費をカバーしました。この論理は簡単で、信用貸しの要求を満足させる、理にかなった方法のように思われました。

 しかしこれは、現在の銀行がおこなっているやり方ではありません。わが銀行家ゴールドスミスは、預金者に分け与えた金利の後に残った収入だけでは、満足しませんでした。

 この時代(大航海時代)、銀行家に対する需要は世界的に拡大し、ヨーロッパでは急成長を遂げました。しかしながら、彼のローンは金庫にある、預金者の預金量に制限されていました。そこで彼は、大胆なアイデアを思いつきました。

 彼の金庫にある中身のことは、彼以外誰も知らない。金がなくても、紙幣を貸し出すことが出来るのではないか?紙幣の持ち主が、同時に金の返還を要求することはない。誰も気づく者はいないだろう。

 この新しい計画は、とてもうまくいきました。そして銀行家は、実際にはありもしない金の金利によって、莫大な富を築くことになったのです。銀行家が、何もないところからお金を作り出すアイデアは、とても信じがたい、乱暴な不法行為でした。長い間、この考えを人々は思いつきませんでした。しかし、お金を発明するその力とアイデアは、あなたも想像できるように、銀行家をとても喜ばせました。

 やがて銀行のローンの大きさと、彼の仰々しい富が、また、疑惑を起こさせるきっかけとなりました。何人かの借り手が、紙の預り証を持って来て、本物の金を要求し始めました。

 噂は広がって、突然お金持ちの何人かが、彼らの金を引き出すために現れました。ゲームは終わりました。たくさんの紙幣の持ち主が、閉じられた銀行のドアの前に群がりました。銀行は彼らの持って来た、全ての紙幣に見合う十分な金銀を、持ち合わせてはいませんでした。

 これは、銀行の取り付け騒ぎと呼ばれ、全ての銀行家が恐れていることです。この、銀行の取り付け騒ぎ現象は、個々の銀行を破綻させました。そして当然のごとく、銀行の信頼はボロボロになりました。

 お金を何もないところから創るには、法律を使うのが一番簡単な方法でした。銀行家が提供する大量のお金が、ヨーロッパの産業拡大には、不可欠なものとなっていたのです。こうして、お金を創る方法が法律化され、規制化されました。

 銀行家は、無から創り出すお金の量の規制に合意したのです。その限界は、金庫にある実際の量より、何倍も大きなものであり続けました。その通常の割合というのは、実際の金が「1」の量に対し、虚構のお金は「9」だったのです。

 このような規制が、政府の抜き打ち検査によって、実施されました。中央銀行は、地方銀行を金の緊急注入をもって支え、それがまた取り付け騒ぎの際に、調整として使われました。

 一度にたくさんの取り付けが起きない限り、銀行の信用貸し出しは、バブルがはじけたり、システムダウンすることもなくなりました。
 
 

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