宋 書 倭 国

巻九十七 東 夷
撰:沈 約 (南 朝・梁)
 
 
倭 国

倭國 在 高驪 東南 大海中 世修貢職
倭の国、高句麗 東南の大海の中に在り、代々貢職を修める。
高祖 永初二年 詔曰 倭 讚 萬里修貢 遠誠宜 甄可 賜除授
高祖、永初 2 年(421年)詔に曰く、倭の〈 讚 〉は万里を越えて修貢し、遠方よりの誠意宜しく、あきらかに除授を賜うに可である。
太祖 元嘉二年 讚 又遣 司馬曹達 奉表 獻方物
太祖の元嘉 2 年(425年)、〈 讃 〉はまた 司馬曹達 を遣わせ、奉表して方物を献上。

 

讚 死 珍 立 遣使貢獻
〈 讃 〉が死に、弟の〈 珍 〉が立ち、遣使が貢献。
自稱 使持節 都督 倭 百濟 新羅 任那 秦韓 慕韓 六國諸軍事 安東大將軍 倭國王 表求 除正 詔除 安東將軍 倭國王
使持節 都督 倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事を司る安東大将軍 倭の国の王 を自ら称し、上表して除正を求めたので、詔にて 安東将軍 倭の国の王 に除正。
珍 又求 除正 倭隋 等十三人 平西 征虜 冠軍 輔國 將軍號 詔並聽
〈 珍 〉はまた、倭隋 ら 13 人に 平西 征虜 冠軍 輔国 の 将軍号 の除正を求めたので、詔にて並べて聴き入れる。

 

二十年 倭國王 濟 遣使 奉獻 復以為 安東將軍 倭國王
(元嘉)20 年(443年)、倭の国の王の〈 済 〉の遣使が奉献。復び 安東将軍 倭の国の王 に除正。
二十八年 加 使持節 都督 倭 新羅 任那 加羅 秦韓 慕韓 六國諸軍事 安東將軍 如故 并除所上二十三人 軍郡
28 年(451年)、倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国の諸軍事を司る安東将軍 の如き故、使持節 都督 を加え、併せて上表する所の 23 人を(帯方)郡の軍に除正。

 

濟 死 世子 興 遣使 貢獻
〈 済 〉が死ぬと、後継者の〈 興 〉の遣使が貢献。
世祖 大明六年 詔曰 倭王 世子 興 奕世載忠 作藩外海 稟化寧境 恭修貢職 新嗣邊業 宜授爵號可 安東將軍 倭國王
世祖の大明 6 年(462年)詔に曰く、倭の王の後継者〈 興 〉は、乱世に忠義を載き、外海に藩を作り、辺境を安寧に教化し、恭しく貢職を修め、新たに辺境の事業を嗣ぎ、安東将軍 倭の国の王 の 爵号 を宜しく授けるに可である。

 

興 死 武 立 自稱 使持節 都督 倭 百濟 新羅 任那 加羅 秦韓 慕韓 七國諸軍事 安東大將軍 倭國王
〈 興 〉が死に 弟 の〈 武 〉が立つと、使持節 都督 倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国の諸軍事を司る安東大将軍 倭の国の王 を自ら称す。
順帝 昇明二年 遣使 上表曰
順帝の昇明 2 年(478年)、遣使が上表して曰く、
封國偏遠 作藩于外 自昔祖禰 躬擐甲冑 跋渉山川 不遑寧處 東征毛人 五十五國 西服眾夷 六十六國 渡平海北 九十五國 王道融泰 廓土遐畿 累葉朝宗 不愆于歳
偏遠の国に封じられ、中華 の外に 藩 を作り、始祖の昔より、弓を携え甲冑を纏って、山川を跋渉し、体を休める暇もなく、東の 毛人 55 国 を征伐し、西の 夷衆 66 国 を服属させ、海を渡り海北の 95 国 を平定し、畿(南京)から遠い地を廓い王道を安んじ、累代の王朝を宗び、長年教えを違えず。
臣雖下愚 忝胤先緒 驅率所統 歸崇天極 道逕 百濟 裝治船舫 而 句驪 無道 圖欲見呑 掠抄邊隸 虔劉不已 毎致稽滯 以失良風
臣は下愚なれど、忝くも 先緒の血 を引き、統べる所を率いて駆け、天極(天子)に帰崇せんと、道中 百済 を巡るに、船を裝備するも、高句麗 は無道にも、併呑の図り事を欲したと見て、辺境の 奴隷 を掠め取り、殺戮を止めず、その度に稽滞して到れず、良風 を失っている。
雖曰進路 或通或不 臣亡考 濟 實忿寇讎 壅塞天路 控弦百萬 義聲感激 方欲大舉 奄喪父兄 使垂成之功 不獲一簣 居在諒闇 不動兵甲 是以偃息未捷
進路といえども儘ならず、臣の亡き考父〈 済 〉は、憤怒して攻め返し、妨げ塞がれた天路に百万の矢を放つと、感激の義の声がわき、四方が大挙を欲したが、俄に父兄の喪に接し、目前の成功は一簣も得られず、諒闇に在居し、兵甲は動かせず、士気も下がっている。
至今 欲 練甲治兵 申 父兄之志 義士虎賁 文武效功 白刃交前 亦所不顧
いまに至り、武装を練り兵を治めたく、父兄の志を申し上げ、義士は虎奮し、文武の効にて攻め、眼前に白刃を交じえようと、顧りみる所あらず。
若以 帝德覆載 摧此強敵 克靖方難 無替前功 竊自假 開府儀同三司 其餘 咸各假授 以勸忠節
若し帝の徳を覆い載けるなら、この強敵に打克って方難を鎮めるという、自らの前功に替わり無く、畏れながら 開府儀同三司 か、その余いずれかを仮授いただければ、忠節に勤めます。
詔除 武 使持節 都督 倭 新羅 任那 加羅 秦韓 慕韓 六國諸軍事 安東大將軍 倭王
詔にて〈 武 〉を、使持節 都督 倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国の諸軍事を司る安東大将軍 倭の王 に除正。

 

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