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世界中の通信トラフィックが米国経由

世界中の通信トラフィックが米国経由 盗聴も自由に
WIRED NEWS Ryan Singel:2007年 10月 15日

 


 世界中の国際電話のトラフィックは、そのほとんどが米国を経由している。米 PriMetrica社の通信調査部門 Tele Geography が作製した 2005年版の「国際電話トラフィック図」を見れば、その状況がよくわかる。

 

Illustration: Copyrighted Map Courtesy of Telegeography

 

 経済システム上の「幸運な偶然」のおかげで、世界中の「インターネット」と「音声通話」のトラフィックは、大半が米国にある「相互接続ポイント」を経由している。そして、米国で 10月 9日 (米国時間) に提出された「ある法案」によって、「国家安全保障局 (NSA) 」が引き続きこのトラフィックを自由に盗聴できる ようになりそうだ。

 この法案、いわゆる『RESTORE法』(Responsible Electronic Surveillance That is Overseen Reviewed and Effective Act of 2007:PDFファイル) は、議会で過半数を占める「民主党」から提出された。

 この法案は、米国の諜報機関が、米国の「相互接続ポイント」内にある「盗聴設備」を維持できるようにするものだ。ワイアード・ニュースが取材した電気通信専門家やインターネット専門家によると、この法案は、米国本土を経由して他の国に向かう音声通話やインターネットのトラフィックを「合法的に盗聴する権限」を NSA に与えるものだという。

 しかし、ブッシュ政権当局者の最近の主張とは裏腹に、米国外からのトラフィックが米国に入ってくる割合は増えているのではなく、減っていると専門家は指摘している。

 国際電話やインターネットのトラフィックの多くが米国を経由しているのは、「国際電気通信連合 (ITU) 」が国際電話に対応するために 100年以上前に作った「価格モデル」が原因だ。

 ITU が定めた「関税ルール」では小規模国や開発途上国は国際電話を受信するのに、米国を本拠とする通信事業者よりも「割高な料金」を支払うことになる。そのため近隣諸国に「直接通話」するよりも、「米国経由で通話

 ITU が定めた「関税ルール」では小規模国や開発途上国は国際電話を受信するのに、米国を本拠とする通信事業者よりも「割高な料金」を支払うことになる。そのため近隣諸国に「直接通話」するよりも、「米国経由で通話」した方が「料金」を抑えることができるのだ。

 

通信事業者は、「通話先にとって最適な価格」を実現できる場所を常に探している。

… と、米 PriMetrica 社の「通信トラフィック調査部門 Tele Geography」の調査ディレクター Stephan Beckert 氏は言う。

「インターネット発祥の地」である米国は、インターネットの基幹回線が初めて設置された場所でもある。そうした「構造的な優位性」と、電話回線ネットワークから引き継がれた「不均衡な価格システム」が相まって、米国はインターネットが世界中に普及した 1990年代に、早くも「サイバースペースの中心地」となった。

 初期には、アジアの国からのインターネット・トラフィックのほとんどは、ウェストコースト初の「インターネット相互接続ポイント (IXP) 」であるサンノゼの MAE West を経由していたと語るのは、「パケット交換ポイント」の構築を支援する米国の非営利研究機関 Packet Clearing House の調査ディレクター Bill Woodcock 氏だ。

 米国の国境を通過する国際電話とインターネットのトラフィック数は、正確には「諜報機関」の関係者にしかわからない。しかしトラフィックはごく少数の「基幹となる電話交換局」と、「海底光ファイバー・ケーブルの上陸地」に近い沿岸都市にある 10数ヵ所ほどの IXP を経由しているというのが、専門家らの 一致した見方だ。

「海底ケーブルの上陸地」は、マイアミ=ロサンゼルス=ニューヨーク、それにサンフランシスコのベイエリアに集中しているという。

 マイアミには南米地域と他の地域を結ぶインターネット・トラフィックのほとんどが集中し、南米の国々どうしを結ぶトラフィックも含まれている … と話すのは、米 EP.NET社 の業務執行役員 Bill Manning 氏だ。

 

基本的に、これらのトラフィックは米国に入り、相互接続が行なわれたらまた出て行く。(この方が) 国境線を何本も跨ぐよりも安くすむからだ。

… と Manning 氏は述べた。

 そして、アジアからヨーロッパへ向かうインターネット・トラフィックの 一部は、米国を西から東に … つまり、ロサンゼルスから ニューヨークに抜けていくと Woodcock 氏は言う。

 音声通話のトラフィックの場合、NSA (国家安全保障局) は該当する施設を選ぶだけで、驚くべき量の通話を傍受できると Beckert 氏は指摘する。ただし同氏によれば、 NSA の関係者は「施設の名前を明かすことには非常な抵抗を示す」そうだ。

 

三つか 四つの施設を選ぶだけでいい。ロサンゼルスなら『One Wilshire』、ニューヨークなら『60 Hudson Street』、マイアミなら『NAP of the Americas』だ。

 米国が「国際通信ハブ」としての役割を担うようになった時期は、NSA にとって「好都合」な時期だった。

 1990 年代、世界中の通信が盗聴の容易な「マイクロ波」と「衛星」によるものから、盗聴するのが難しい上にコストもかかる「光ファイバー」によるものへと移行するなかで、NSA は対応を迫られていたからだ。

 

アメリカ国家安全保障局 (NSA)

 

 ここ数ヵ月間の報道によって、NSA が 2001年の「米国同時多発テロ」の後すぐに、米国にある「国際通信専用の通信ハブ」の盗聴を開始し、同時に「テロリスト監視計画」の 一環として、米国市民と外国人との通話の傍受も始めていたことが明らかにされている。

 民主党が 2007年に議会の「多数派」となって以来、米国政府は NSA の「監視プログラム」を非公開の「諜報監視裁判所」の監督下に置いた。「裁判所」はその後間も無く、「正当な理由」無く米国にある施設に対して盗聴を行なうことは、外国の通信傍受が目的であっても「違法」だとの裁定を下した。

 8月に入ると議会は、NSA に対し「監視」を続けるための 一時的な「緊急の権限」を与えた。この「権限」は 2008年 2月に「期限切れ」となる予定だ。

「RESTORE法」は「乱用を防ぐ防御策」を設けつつ、その「権限」に「制限」を無くそうとする「民主党」の試みだ。この法律によって、「テロリスト監視計画」に関連するものであれば、外国どうしのトラフィックを「盗聴」することも、米国と外国を結ぶトラフィックを「監視」することも、「合法」となる。

 この法案は議会で幅広い支持を獲得している。しかし、ブッシュ大統領 (共和党) は 3日、「RESTORE法」の条項が成立しておらず、「合法」とされる前に NSA の米国での監視活動に協力した電話会社に対し、遡って「法的免責」を与えないような「監視法案」には、すべて「拒否権」を行使すると明言した。

 報道によれば、NSA の依頼を受けてインターネットを盗聴したとする「集団訴訟」を抱える米 AT&T社 などが「免責」を実現するために、激しい「ロビー活動」を繰り広げているという。

 一方、議会からの「承認」が得られたとしても NSA は、長期的には外国の通信を傍受できる「米国ならではの利点」を失っていくだろうと、専門家らは予測している。その背景にあるのは「国際通信ネットワーク」の成長だ。

 香港の IXP とロンドンの IXP が、アジアおよびヨーロッパのトラフィック向けの「ローカルハブ」として頭角を現してきている。また、日本周辺からヨーロッパに向けて「南北を走る新しいファイバーケーブル」ができれば、米国を横断するルートからトラフィックがそちらに迂回するようになるだろう。さらに、国内向けの IXP を独自に構築する国々も増えている。

 

これらの決定は「民間部門」が行なっており、トラフィックは常に「最も安いファイバーケーブル」を持つ国に向かうことになる。

今しばらくの間は、トラフィックは米国を通るだろう。(しかし) 南アジア周辺に敷設されるファイバーケーブルが増えるにつれて、事態は変わりつつある。

… と Woodcock 氏は語る。

 

別のルートが作られていることは、米国の「支配的な地位」への挑戦がはじまっていることを意味する。

… と Manning 氏は述べ、「米国の諜報機関はこの変化を歓迎しないだろうが」と付け加えた。

 Manning 氏は各国がどのように「独自の IXP」を構築しているかを示す例として、南アフリカを挙げた。

 

南アフリカでは長い間インターネット・サービスプロバイダ (ISP) は互いに接続せず、トラフィックを米国やヨーロッパに経由させていた。

だがこの 10年間で、彼らは自国の IXP を構築して 一定の「規制条件」を設け、トラフィックの相互接続ができるようにしている

…と Manning 氏は説明した。

 この傾向は米国の諜報員たちに、1992年頃の「単純だった時代」へのあこがれを抱かせるかもしれない。この年に初めて … また、当時唯一の IXP だった MAE-East がワシントンDCに造られたのだ。

 

世界中のトラフィックはすべてワシントンを経由していた。ワシントンという場所に設立されたのは偶然で、設立は民間によってだった。おそらく少なくとも 二、三年の間は、「盗聴」は行なわれていなかっただろう。

… と Woodcock 氏は語った。

 

【日本語版:ガリレオ 佐藤 卓/小林 理子】

 

 

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